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Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

「エリントン年表」作りました。

2017年4月29日はエリントンの生誕118年。

これを記念して、「エリントンの年表」を作成した。

 


といっても、管理人がイチから作り上げたわけではなく、元ネタとしてはDavid Bradburyの『Duke Ellington, Life & Times』の巻末の年表を参考にした。この本、本館でも既に紹介しているが、コンパクトながら要所要所の事実がおさえられているので重宝する。

 

Duke Ellington (Life & Times)

Duke Ellington (Life & Times)

 

 


完成した年表は、上記のBradburyの年表に管理人がさらにいくつか事実を追加したもの。Bradburyの年表から削除した事項はない。

 

年表を作ってみて確認できたことは多かった。

『Black, Brown, & Beige』録音の辺りまでは絶好調で音楽的キャリアを上り詰め、その後に公私共に失速。

その後、55年体制を確立してからは56年のニューポートで世間的にカムバックし、ストレイホーンの死まで異種格闘技戦を繰り広げながら名声をほしいままにする。

晩年はやや老境の域に入り、自身の初期の音楽の振り返りをしながらも、ピカソのような衰えぬ創作意欲で新作を発表。

 

あと、女性関係がなかなかにぎやか。母の死で深い失意に落ち込んで「Reminiscing in Tempo」を書いたくらいなので、この女性関係も創作に影を落としているはず。

これも今後の課題だ。

 

それと、今更だけどエリントンの誕生日が昭和天皇と同じ、というのには不思議な縁を感じる。誕生年も2年違うだけだし(エリントンは1899年、昭和天皇は1901年)。そのおかげで、毎年休日にゆっくりとエリントンを追悼することができるのは嬉しいことだ。

 

最後は有名なマイルスの言葉を。

 

"At least one day out of the year all musicians should just put their instruments down, and give thanks to Duke Ellington."    -Miles Davis

 

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ナクソスで聴く、SP時代のエリントン。(3) 『Cotton Club Stomp』(3)

 

目次

 

あいかわらずナクソスのエリントンばかり聴いている毎日。

一時期、管理人はナクソスを聴き漁っていた。CD棚を掘り返してみると、ぼろぼろNAXOSおもしろCDが出てきた。ナクソスというレーベルは、エリントンに限らず面白いCDをたくさん出しているのである。

 

ROUTINE CLASSICS the 1ST

ROUTINE CLASSICS the 1ST

 

2009年。クラブDJ、小林径によるクラシックのコンピレーション。

ストラヴィンスキーのタンゴ、レスピーギのワルツなどマニアックな選曲があるかと思えば、ホロヴィッツとグールドの演奏も選ばれており、コアなクラシックファンからは怒られ、雑食な音楽ファンからは歓迎されそうなリスト。

歴史的な評価云々を別にして、「クールな曲をセレクト」というDJな観点で編まれたこのアルバム、聴いていて実に楽しい。で、「2nd」はいつ出るのだろうか?

 

 

さて、『Cotton Club Stomp 1927-1931』である。

聴けば聴くほど、このアルバムはよく編まれているなあ、と感じてしまう。

 

  • 1.前回までの復習 

 

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

 

 

 

前回までのエントリで確認したこと、それは、このアルバムは、

 

1.当時のコットン・クラブの狂騒を再現すること

2.シリーズ第一作目としてのエリントン・サウンドの紹介

 

という、明確な2つの意図によって編まれた1枚である、ということだ。

それは、「Cotton Club Stomp」が冒頭を飾っていることからも明らか。

 

1. Cotton Club Stomp
2. Mood Indigo
3. Rockin' in Rhythm
4. Misty Mornin'
5. The Mooche
6. Ring Dem Bells
7. Three Little Words
8. Double Check Stomp
9. The Blues with a Feelin'
10. Jubilee Stomp
11. Creole Love Call
12. Harlem River Quiver (Brown Berries)
13. Black Beauty
14. Hot Feet
15. Saratoga Swing
16. Shoot 'Em Aunt Tillie
17. Black and Tan Fantasy
18. It's a Glory

 

  • 2.「Cotton Club Stomp」は、この時代のサウンドを象徴する1曲だ。

「Cotton Club Stomp」、最近ではこんなアルバムでカバー、というかサンプリングされている。当時のコットン・クラブの狂躁はこんな感じだったのではないか。

HIPHOP AND JAZZ MIXED UP 1

HIPHOP AND JAZZ MIXED UP 1

 

#12が「Cotton Club Stomp」という原曲そのままのタイトルで、ほぼ元ネタ音源そのままのトラックに「2statio」なるフィメール・ラッパーのラップが乗ったカバー。

興味深いのは、完全にHIP HOPなのにエリントンの元ネタはほとんどいじられていないことだ。これはソニー・グリーアの影が薄いということもあるが、この時代の「ズンチャ、ズンチャ」というリズムが意外に現代のダンス・ミュージックに近い、ということを表している。

これに自覚的だったのが、少し前に流行ったエレクトロ・スイング。あの流れでエリントンも「Ring Dem Bells」とかカバーされてた。ただ、エレクトロ・スイングは「現代のダンス・ミュージックに近い」ことを拡大化して1つのジャンルにまで発展させたが、「近い」だけで終わってしまっているのが残念。この「S.MOS」の解釈も、当時のコットン・クラブの狂躁をよく再現していて(体験したわけではないが)素晴らしい出来なのだけど、それだけで終わってしまっているのが残念。

 

ちなみに、S.MOSのこれは、当時 vol.2も同時に発表されており、そちらではなんとエミネムが「Tang」を、Young MCが「Jubilee Stomp」をカバーしている。どちらもエリントンの元ネタへのリペクトが感じられる素晴らしいサンプリングで、エミネムは実に「らしい」ラップで、悪ガキぶりを発揮してて頼もしい(当時40歳だが)。

HIPHOP AND JAZZ MIXED UP 2 / S.MOS

HIPHOP AND JAZZ MIXED UP 2 / S.MOS

 

 

ちなみに、元ネタの「TANG」についてはここで。

 

  • 3.エリントン色濃厚なエリントン曲も収録。

Rockin' in Rhythm」「The Mooche」「Creole Love Call」「Black Beauty」「Black and Tan Fantasy」など、これから演奏し続ける曲がこの時代に作られていることも実に興味深い。これらはどれもエリントン色が濃厚である。「エリントン色」としたのは「ストレイホーン色」と区別するためだ(一般には、エリントンとストレイホーンはその類似性が強調されるが、相違性も確かにある。フランス印象派の香りがするものはストレイホーンの筆によるものが多く、土着的・ブルース臭ぷんぷんのものはエリントンの筆によるものが多い。ストレイホーン死後、エリントンの書く曲が回顧的・回帰的に初期の土着的な雰囲気を帯びてくるのもこの点から考えるべきである)。

その中でも最も重要なのは「Mood Indigo」。エリントンはつねにこの曲のハーモニーを書き直し、終生この曲を演奏し続けた。ここぞ、というときには必ずこの曲を演奏している。例えば、LP第一作目の『Masterpieces By Ellington』でこの曲を演奏しているのもなんとなく、なんかではない。ここには、「メロディではなくハーモニーを長時間聴かせる実験」という、意図があるのである。

 

Masterpieces By Ellington

Masterpieces By Ellington

 

「Mood Indigo」はエリントンにとって最重要曲なのだ。

だから、ミシェル・ゴンドリのアレの邦題が「ムード・インディゴ」であるのは正しい。担当者、わかってるなあ。 

 

 

名盤の誉れ高い『Money Jungle』でも「Mood Indigo」をやるはずだった。しかし、計算高く年長者の機嫌を取るのが上手いマックス・ローチによって「mood Indigo」は選曲から外れてしまった。まあ、そのおかげで、「Freurette Africaine」という名曲が生まれたわけだがって、これは以前に書いた。

 

エリントンと「Mood Indigo」についてはまたどこかで書こう。

 

管理人にはこのアルバムを編んだ人間の意図が手に取るようにわかるのである。

まず、「Cotton Club Stomp」でコンセプトを示し、2曲目で重要曲「Mood Indigo」もこの時期に完成していたんですよ、と念押し、そしてとにかくこの時代は大騒ぎの時代でね(Rockin' in Rhythm」「 Double Check Stomp」「 Jubilee Stomp)…と話を続けていってるわけだ。

 

そして恐ろしいことに、これらの曲を続けて聴くとこの時代のエリントン・サウンドの特徴も自然と理解できてしまう。そのように並べられているのである。

 

  • 4.この時代は「低音」がサウンドの要。

この時代のエリントン・サウンドは「低音」がサウンドの礎となっている。

具体的には、ハリー・カーネイとウェルマン・ブラウド。

若きハリー・カーネイのはちきれんばかりの躍動するバリトンと、ウェルマン・ブラウドのパワフルでありながら確実にビートを叩き込むベースだ。第1期コットン・クラブ時代のエリントン・ミュージックを前に進めているのはこの2つのグルーヴ源であり、この2人にK.O.されるのがこのアルバムの正しい聴き方であるといえる(フリッパーズ・ギター的に言うならダブル・ノック・アウト)。

 

Harry Carney

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1曲目の「Cotton Club Stomp」からすごい。バリトンはリード・セクションの最低音を吹くなんて誰が決めたの? ソロも吹くし、オカズも入れる、とにかくじっとしていることがない。19歳(当時)の男子ならではのリビドーが爆発って、いやいや、19歳にしては技術と創造性が抜きん出てるでしょ。。そりゃエリントンは手放したくないはずだ。

 

そしてウェルマン・ブラウド。

 

Wellman Braud

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写真から伝わってくる「絶倫感」がすごい。

エリントンオケをドライブさせているのはこのおじさんだ。ブラウドはエリントンオケ初のベーシストでもある(その前はヘンリー・「ベース」・エドワーズのチューバ)。

当時は「ズンチャ、ズンチャ」 の2ビートが主流であり、4ビート、ランニングベースの黎明期である。そのため、このアルバムでのブラウドのベースラインも単調なのだが、それでもしっかりとビートが刻まれているのはさすが。そして、黎明期であるからこそ、たまに表出する4ビートが際立つのであって、このコントラストを聴いているだけでも楽しい(例えば、「Double Check Stomp」のベースソロなんてその最たるもの)。

 

エリントンは、オケのグルーヴに関しては10歳年上のこの男を信頼しきっていたことだろう。現在のクラブミュージックではバスドラでベース音を代用した音作りをすることがあるが、ここでは逆だ。ブラウドのベースがバスドラのリズムを出している。

 

さて、そうなると、リズムの要であるはずのドラムなのだが…。

 

 

  • 5.やっぱり、ソニー・グリーアって…

ソニー・グリーア、エリントンの年上の友人にしてワシントニアンズからのドラマー。

 

Sonny Greer

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ソニー・グリーアのドラムは、エリントン・サウンドの中でどのように位置づけられていたのだろうか? SP時代のエリントンを聴く人なら誰もが抱く問いだ。もっとはっきり言ってしまえば、「ソニー・グリーアってエリントンオケに必要だったの?」ということ。

少なくとも、グルーヴには関係していない。エリントンもリズム面での貢献は期待していなかったのではないか。ブラウドのベースと、フレッド・ガイのギター(バンジョー)でリズムは十分、グルーヴも十分。特にフレッド・ガイの4つ切りが重要で、フレディ・グリーンよろしくオケのテンポ&グルーヴのキープを巧みにコントロールしていた(そういえば2人ともイニシャルがFGだ!)。

その証拠に、「Misty Morning」では珍しくソロをとるのだが、その間、後ろのリズムはガタガタ。ソニー・グリーアはテンポキープという意味でも機能していないことがわかる。

グリーアの役割はパーカッションだ。それはドラムセットを見てみれば一目瞭然。ティンパニから木魚、銅鑼、「NHKのどじまんチャイム」…。こんなに必要? いや、打楽器奏者たるもの、仙波師匠のようにさまざまな楽器に挑戦するのは素晴らしいことだが、グリーアは使いこなせていない。「Ring Dem Bells」にのどじまんチャイムを使うのは発想として面白いし音色としても効果的なのだが、明らかに演奏力が追いついていない。SEとして鳴っているだけだ。そして木魚。「Cotton Club Stomp」終盤での入れ方は素晴らしい。躁な雰囲気を増強させている。が、「The Mooche」の木魚は不要。木魚の音色自体が曲想に合わないし、演奏も雑、リズムパターンもセンスがない。これならハットを踏んでるだけの方がマシだ。なんか、やたらと径の異なるシンバルを並べるアマチュア・ドラマーみたいなのである。

 

だが、結論を急ぐのは止めておこう。

ナクソスのSP時代のエリントンはまだ13枚もあるのだ。

その全てのドラムはグリーア。それらを聴いてから評価しても遅くない(そうか?)。

 


最後に(1)でも引いた、ナクソスの紹介文をもう一度引いておく。

また、このアルバムにはボーカル曲がほとんど入っていないのだが、それは次の『It Don't Mean A Thing』でのお楽しみなのである。ホント、コンパイルした人間はわかってるなあ。

エリントンは、最初からエリントンだった!」 全く他人の影響というものを感じさせない(つまり、模倣や習作が存在しない)芸術家は希有である。エリントン以外では、ストラヴィンスキー(ただし晩年は古典回帰とやらで「音大生以下」に成り下がった)、武満徹チャップリンジャイアント馬場、くらいしか思いつかない。エリントンの凄さは、飽くなきサウンド追求、これに尽きる。浅草の仏具屋から輸入した木魚(The Mooche でポコポコ鳴ってます)、のどじまんチャイム(Ring Dem Bells)、Creole Love Call では何と女性Voにtpのプランジャー・ミュートのマネをさせてます。凄すぎる!

 

 

NAXOSで聴く、SP時代のエリントン。(2) 『Cotton Club Stomp』(2)

ナクソスのエリントンの続き。

 

前回のエントリでは、ナクソスから出ているエリントンのSP時代のシリーズの第1作目、『Cotton Club Stomp 1927-1931』を紹介した。

 

 

今回は次の『It Don't Mean A Thing 1930-1934』の話を書こうと思ったのだが、改めて『Cotton Club Stomp 1927-1934』を聴きなおしてみると、これが実に面白い。

いろいろ調べてみると、編集意図など、このアルバムについて以前には気づかなかったことがわかってきたので、今回のエントリもこのアルバムについて書くことにする。

 

 

それにしても、ナクソスというレーベルはクラシックで有名だが、ジャズでもいい仕事をしている。特に年代順もので際立っており、簡易アーカイヴとして重宝するのである。

 

そして、たまにとんでもない音源が眠っているのも魅力。

管理人が失禁しそうなくらい驚いたのがこれ。

 

ソプラノ・サックスと弦楽オーケストラのための組曲

ソプラノ・サックスと弦楽オーケストラのための組曲

 

Amazonのこのリンク情報からはわかりにくいが、これ、featuring Dave Liebmanです。

デイヴ・リーヴマンの「ソプラノ・サックス組曲」!

これだけでも聴きたくなるじゃないか。

内容ももちろん期待を裏切らなかった。

ナクソスにはこんな作品がゴロゴロしているのである。

「ジャズのレーベル」という観点からでも、一度サイトを覗いてみる価値はある。

 


 

で『Cotton Club Stomp』だ。

 

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

 

 

これからぐだぐだとこのアルバムの話をするので、とりあえず収録曲を挙げておこう。

 

1. Cotton Club Stomp
2. Mood Indigo
3. Rockin' in Rhythm
4. Misty Mornin'
5. The Mooche
6. Ring Dem Bells
7. Three Little Words
8. Double Check Stomp
9. The Blues with a Feelin'
10. Jubilee Stomp
11. Creole Love Call
12. Harlem River Quiver (Brown Berries)
13. Black Beauty
14. Hot Feet
15. Saratoga Swing
16. Shoot 'Em Aunt Tillie
17. Black and Tan Fantasy
18. It's a Glory

 

まずはじめに言っておくべきこと。それは、

このアルバムは明確な意図によって編まれた1枚である、ということだ。

タイトルの「1927-1931」は収録音源の範囲を示しているだけで、曲順は年代順になっているわけではない。例えば、#1の「Cotton Club Stomp」は29年の録音だし、1番古い27年の録音は#12の「Harlem River Quiver」だ。

では、その編集意図とは何か? 管理人は、次の2つであると考える。

1.当時のコットン・クラブの狂騒を再現すること

2.シリーズ第一作目としてのエリントン・サウンドの紹介

 

 エリントンは1927年12月、コットン・クラブと専属契約を結ぶ('27 12/4 - '31 6/30)。周知のようにエリントンはこの3年間で歴史に残る大成功を収めたわけで、「1927-1931」というのはこの契約期間のことである。収録されている音源も31年6/30以降のものは収められていない。編集者は、この第1期コットン・クラブ時代の狂騒を伝えたいがためにこのアルバムを編んだ、と考えるのが妥当だろう(ちなみに第2期は37年~40年。40年にはクラブ自体が閉鎖となる)。

 

 コットン・クラブ契約前の音源は、#11「Creole Love Call」, #12「Harlem River Quiver」, #17「Black and Tan Fantasie」の3曲であり、これらが選ばれた理由も想像がつく。

 

 ナクソスのこのシリーズは、フランスのClassicsが元音源になっているが、その最初は1924年から始まっている。 

1924-27

1924-27

 

 

  だが、ナクソスはこの1枚は完全に無視。ナクソスからエリントンを聴こうとする人が、「ワシントニアンズ」や「ケンタッキー・クラブ」時代のエリントン・サウンド揺籃期の音源を聴いて、本丸に到達する前に挫折してしまうのを恐れたのかもしれない。決して悪い音源ではないと思うが、管理人も、「何もここから聴かなくても・・・」と思うので、この判断には納得だ。

 したがって、ナクソスのライブラリーは次の1枚、「1927-1928」意向の音源から収録曲を選ぶことになる。

 

1927-28

1927-28

 

 

前出の3曲はすべてこれに収録されている。

 その中でも、#11の「Creole Love Call」と #17「Black and Tan Fantasie」は初期エリントンを代表する曲であり、2曲とも初録音。エリントン・サウンドの始まり、という意味でも、ナクソスシリーズの1枚目に収めたかったのだろう。そして、#12の「Harlem River Quiver」は、やはりタイトルリストに「ハーレム」という固有名詞を響かせたかったのではないか。なにしろ、コットン・クラブがハーレムで営業をしていたのは23年から36年のあいだだけ。第2期コットン・クラブ時代のコットン・クラブは、ブロードウェイ48番街で営業していたため、「ハーレム」の「コットン・クラブ」は特別な響きをもっているのである。

 そして、収録曲中1番新しい録音は#18の「It's Glory」であり、この曲はこのアルバムの最後の曲でもある。録音は31年の6/16(6/17との表記もある)であり、これはコットン・クラブとの契約が切れる直前だ(契約期間は6/30まで。また、記録上確認できるエリントンの次の録音は32年2/3)。つまり、契約中の最後の録音を選んでいるわけで、「It's Glory」というタイトルといい、実に象徴的な1曲といえる。「Glory」とはコットン・クラブ時代のエリントン自身の暗喩として、言い得て妙ではないか。

 

 さて、このコットン・クラブ時代、これまでは音源を編集するときは「1927-1934」という区分でまとめられることが多かった。ブルーバードの「栄光の遺産」シリーズもこの区分だ。

 

Duke Ellington (1927-1934)

Duke Ellington (1927-1934)

 

 

デューク・エリントン/1927~1934

デューク・エリントン/1927~1934

 

 

 従来のこの区分ではなく、「1927-1931」という時代区分を採用した姿勢に、「いやいや、コットン・クラブ時代を聴こうとするなら、やっぱり1927-1931という区切りで聴くべきなんじゃないの?」という批評性を読み取ることもできるのである。

 

参考までに、この『Cotton Club 1927-1931』の音源、Classics のアーカイブなら、対応する期間は実に9枚分(「1924-1927」と合わせるとちょうど10枚)!

 

1924-27

1924-27

 

 

1927-28

1927-28

 

 

 

1928 by Duke Ellington (1996-05-03)

1928 by Duke Ellington (1996-05-03)

 

 

1928-29

1928-29

 

  

1929

1929

 

 

 

1929-30

1929-30

 

 

 

1930

1930

 

 

1930 Vol 2 by Duke Ellington (2013-05-03)

1930 Vol 2 by Duke Ellington (2013-05-03)

 
1930, Vol. 2

1930, Vol. 2

 

 

1930-31

1930-31

 

 

1931-32

1931-32

 

 

・・・やっぱり、はじめからこれ全部は聴けないよなあ、同名曲のテイク違いもいくつも収録されているし。その意味でもこの『Cotton Club Stomp 1927-1931』、おススメなのだ。

 

で、肝心の音楽の内容も素晴らしい!

特に、若きハリー・カーネイの鮮烈なバリトンと、ウェルマン・ブロウドのベースがブリリアントで…という話をしたかったのだけど、いい加減長くなりすぎるので今回はここまで。

 

このアルバムの話はまだ続きます。

 

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

 

 

NAXOSで聴く、SP時代のエリントン。(1) 『Cotton Club Stomp』

「エリントンは20~30年代にそのジャングル・サウンドにより「コットン・クラブ」で人気を博した」

「エリントンの全盛期は40-42年のブラントン=ウェブスターバンドだ」

 

エリントンに関する神話のひとつとして、よく耳にする言葉である。

管理人は、エリントンの全盛期は必ずしも40年代に限られるものではないと考えているが、しかしエリントンを聴くならこの時代の音楽を聴かない手はない。俗に言うエリントン・スタンダード・ナンバーはそのほとんどがこの時代に書かれたものであり、ストレイホーンとの邂逅、サックス・サウンドの完成、エリントニアンの定着など、エリントン・サウンドの秘密はこの時代に源を発するからである。

 

だが、いざ聴いてみようとすると、ある種の戸惑いを感じるのも事実。それは、この時代の音楽がすべてSP盤で発表されており、「アルバム単位で聴く」という現代のわれわれの音楽体験からすると違和感を感じてしまうからだ。これについては、このブログでも過去に触れたことがある。

 

 

しかし幸いなことに、音源自体は大量に残されている。この時代の音源は、まさに「27-34」というようにタイトルがそのまま録音年代を示していることが多いので、それを目安に選ぶことができる。さらに、もっと効率的にアクセスしようと思うなら、音楽配信サービスを利用する手もある。湯浅学の次の言葉を真似て、「とにかく、アルバムにこだわらずにガンガン聴け!」と言ってしまいたい。

 

 作品が多く残されているのだが、あまりにも多すぎて、聴取者からかえって敬遠されている面もある。サン・ラーの存在を知りながらサン・ラーのレコードやCDを聴こうとしない人々の多くはよくこう言う。

「どれが代表作なのかわからないので、どれから聴いたらいいのか迷う」
 そういう人は実は、別にサン・ラーなど聴きたくないのだ。サン・ラーに限らず、CDやレコードを買って退屈したり不愉快な思いをするのが我慢ならないのであり、サン・ラーだろうがジョン・コルトレーンだろうが、CD買って損した気分になりたくないだけなのだ。そういう人々こそ、もっともっと損をし続けてほしい、と俺は思う。

 

サン・ラーの伝記、『サン・ラー伝 土星から来た大音楽家』 の「監修者あとがき」から。この「サン・ラー」はすべて「エリントン」に変換しても同じことが言えるのではないか。音楽体験とは、音楽を聴くことだけを言うのではない。よくわからない音楽を前にして考えること、レコードとレコードの間のサウンドの変化、物語を想像すること、ジャケ買いや二度買いして失敗すること…管理人は、そのすべてが音楽体験だと思っている。つまるところ、「視聴もできるんだから、音楽評論家の言うことを信用するな。」(小西康陽)なのである。とりあえず、手当たり次第にガンガン聴こう。

 

サン・ラー伝

サン・ラー伝

 

 

…まあ、そうはいってもこれで終わるのは不親切だし、そもそもこんなブログを書く必要もない。そこで、以下、SP時代のエリントンの手軽な聴き方を提案したい。

 

「手軽でない」最終的な聴き方としては、コンプリート・レコーディングなどで、年代・メンバーを確認しながら聴く、ということになるが、とてもじゃないが最初からこんな聴き方はできない。絶対に途中で嫌になる。

 

SP時代ではありませんが、エリントンにはこんなものもあります。

しかしこれはマニア向けのものと考えた方がいい。

The Centennial Edition: Complete RCA Victor Recordings

The Centennial Edition: Complete RCA Victor Recordings

 

 

こういう現状を憂いたのか、NAXOSが面白いシリーズを出している。1927年から53年までの録音を14枚に分けた編集盤。エリントンのLP時代は51年の『Masterpieces by Ellington』から始まるので、SP時代のエリントンをざっと概観できるのだ。

 

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

 

 

(ちなみに、LP1枚目がこれ) 

Masterpieces By Ellington

Masterpieces By Ellington

 

 

 

え? それならフランスの Chronological Classicsシリーズがあるじゃないかって?

あっちのほうがもっと遡って24年から始まるし、「全集」としての安心感もあるじゃないかって?

Volume 1 (1924-1929) [The Alternative Takes in Chronological Order]

Volume 1 (1924-1929) [The Alternative Takes in Chronological Order]

 

 

おっしゃるとおりです。

完全を求めるなら、そりゃこのChronological Classicsですよ。

先にバラしてしまうと、このNAXOSのエリントンのシリーズとChronological Classicsは同じ音源。もっと言ってしまうと、NAXOSChronological Classicsを抜粋したものにすぎない。だから、後でダブらないようにするなら初めからChronological Classicsを買えばいい。

 

でも、今回の目的はてっとり早くSP時代のエリントンを概観すること。ならば、ここまでかっちりした全集に付き合わなくてもよいだろう。それに、このchronologicalシリーズは現在入手困難なようだ(ダウンロードは別)。 それに比べるとこのNAXOSシリーズは1枚1,000円程度であり、予算面でも手が届きやすいのである。

 

これでSP時代のエリントンがずいぶん身近なものになったのではないだろうか。

なにしろ、元のChronological Classicsなら24年から53年までの29年間を45枚で収録しているものを、NAXOSは27年から53年までの26年間をそのおよそ1/3の14枚におさめているのだ。正直なところ、Chronological Classicsだと1年間に1枚以上のペースであり、1枚1枚聴くのも大変だ。NAXOSなら2年間に1枚程度のペース。しかも40-42、43-46あたりの重要時期はかなり細かい分け方になっている。ツボを心得た編集だ。

参考までにNAXOSシリーズのタイトルを掲げておく。

 

vol.1  Cotton Club Stomp   1927-1931
vol.2  It Don’t Mean A Thing  1930-1934
vol.3  Reminiscing in Tempo  1932-1935
vol.4  Echoes of Harlem    1936-1938
vol.5  Braggin’ in Brass     1938
vol.6  Tootin’ through The Roof 1939-1940
vol.7  Cotton Tail        1940
vol.8  Jump for Joy       1941-1942
vol.9  Black Brown and Beige  1943-1945
vol.10   Air Conditioned Jungle   1945
vol.11   Time’s A-Wastin’     1945-1946
vol.12   Blue Abandon      1946
vol.13   Jam-A-Ditty       1946-1947
vol.14   Love You Madly      1947-1953

 

 

それでも14枚は多いって? 

そんなことはない。ビートルズなんか7年間で12枚だぞ。

・・・まあ、ビートルズは短期間にあれだけの改革をしたわけで、だから12枚でも全然飽きない、というか全然足りないくらいなのだが、SP音源のジャズ14枚はたしかに抵抗を感じるかもしれない。

 

ここに、管理人がNAXOSシリーズを薦めるもう一つの(実は最大の)理由がある。

このシリーズ、1枚ごとにアルバムのレビューがあるのだが、このレビューをガイドとして利用したらどうだろう。これだけでもずいぶん見通しがよくなるはずだ。おまけにこのレビュー、読み物としてもおもしろい。

 

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

コットン・クラブ・ストンプ (Duke Ellington: Cotton Club Stomp)

 

 

エリントンは、最初からエリントンだった!」 全く他人の影響というものを感じさせない(つまり、模倣や習作が存在しない)芸術家は希有である。エリントン以外では、ストラヴィンスキー(ただし晩年は古典回帰とやらで「音大生以下」に成り下がった)、武満徹チャップリンジャイアント馬場、くらいしか思いつかない。エリントンの凄さは、飽くなきサウンド追求、これに尽きる。浅草の仏具屋から輸入した木魚(The Mooche でポコポコ鳴ってます)、のどじまんチャイム(Ring Dem Bells)、Creole Love Call では何と女性Voにtpのプランジャー・ミュートのマネをさせてます。凄すぎる!

ジャイアント馬場、のあたりに東スポ/大スポ的なあざとさを感じるがおもろいです。

以下、これが47-53年まで続く。

 

収録曲は以下の通り。

1. Cotton Club Stomp
2. Mood Indigo
3. Rockin' in Rhythm
4. Misty Mornin'
5. The Mooche
6. Ring Dem Bells
7. Three Little Words
8. Double Check Stomp
9. The Blues with a Feelin'
10. Jubilee Stomp
11. Creole Love Call
12. Harlem River Quiver (Brown Berries)
13. Black Beauty
14. Hot Feet
15. Saratoga Swing
16. Shoot 'Em Aunt Tillie
17. Black and Tan Fantasy
18. It's a Glory

 

次回からはしばらくこのシリーズをみていくことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野口久光氏によるエリントン追悼文。

野口久光氏は、瀬川昌久先生の一回り上の世代であり、エリントンを同時代の音楽として聴いてきた人間である。瀬川昌久先生と並ぶエリントン紹介者として、日本のエリントン受容史を考える上で重要な存在だ(ちなみに、瀬川昌久先生はマイルスと同じ世代)。

 

この追悼文は、メンバーとの関係についてなど、ややきれいごとに聞こえるところもあるが、これが野口氏が感じた率直な印象なのだろう。

 

この追悼文によると、5度目の来日が企画されていたらしい。 

 

ジャズ・ダンディズム JAZZ Dandyism 野口久光 ジャズの黄金時代

ジャズ・ダンディズム JAZZ Dandyism 野口久光 ジャズの黄金時代

 

 

 

 デューク・エリントンを偲んで

 

 七十五歳の誕生日を、療養中のニュー・ヨーク(原文ママ)の病院で迎えたばかりのデューク・エリントンが、現地時間の五月二十四日未明、永遠の眠りについた。

 不死身ともおもえたジャズ界の巨人の一日も早い全快を祈っていた世界のジャズメン、ファンの願いは遂にかなえられなかった。

 思えば、半世紀にわたる不休に近い演奏活動、その演奏を通じて行ってきたエリントン作品の発表、ジャズ発達の中核、指針ともなってきたエリントン・ミュージック、エリントンその人の存在の大きさは計り知れないものがあった。

 三年前にルイ・アームストロングを失い、いままた巨星エリントンを失ったのはアメリカといわず世界のジャズ界、楽壇にとって大きな損失であり、エリントン・ミュージックを愛し、その業績、人柄に尊敬の念を抱く人たちに深い悲しみを与えていることであろう。

 四たびこの巨人を日本に迎え、幾たびとなくエリントン・ミュージックのナマをきき、親しくその偉大な人柄に接した人間のひとりとして深い悲しみを感じないではいられない。ついさきごろ、エリントン快方に向かうのニュースもあったばかりであり、神原さん(これまで四度ともエリントンを招聘した神原音楽事務所主)から来年早々五度目の招聘を内定したという話もきいていたやさきだっただけに、突然の悲報にショックをうけたのだった。

 しかし、私たちは、この偉大な音楽家の死を悼み、心から冥福を祈りつつも、死の瞬間から歴史の人となったエリントンの数多い遺作にジャズ史、音楽史的な重さを改めて感じるのである。

 

 晩年のエリントンは、次々に多くのすぐれたメンバーの退団、引退によって最盛期のすばらしさを懐しむファンの声もしばしば耳にしなければならなかったが、とくに一九六七年、文字通りエリントンの分身、片腕だった名アレンジャー、ビリー・ストレイホーンを失い、一九七〇年にはメンバー中の至宝ジョニー・ホッジスに先立たれエリントンは両腕をなくしたような痛手を受けた。

 それでもなお、エリントンの創作意欲はいささかの衰えもみせず、組曲「ブラーヴァ・トーゴトーゴ・ブラーヴァ」のような力作を送り出し、レコーディングがされているかどうかはわかっていないが、ソヴィエトの印象に基づく新しい組曲を書き、ことしに入って三作目の「セイクリッド・ミュージック」組曲を完成、その初演が間もなく行われようとしていたようである。

 晩年は健康上やその他の理由で楽団を去った人たちも何人かいたが、その人たちやエリントンの親しい友人たちのなかにはエリントンその人の健康を気使って演奏スケジュールの緩和や休養をすすめる声もあったが、エリントンはその声に従おうとしなかった。

 エリントンにとって演奏することが生き甲斐であり、生きる悦びだったのであろう。オーケストラの質的な変化、低下を彼エリントンが感じていなかったはずはないが、彼の作曲意欲はいささかの衰えもみせなかったのである。

 

 日本でも楽屋ではぐったりとして「疲れたよ」という言葉を洩らしていたが、ひとたび舞台に立つと別人のようにさっそうと振るまい、力強くピアノを叩き、オーケストラをリードして行く。そしてその熱っぽい演奏の合い間にプレイヤーたちに師匠と愛弟子、父と子同志(原文ママ)のようなやさしい視線が交わされる。

 エリントンにとって彼のオーケストラは、彼の名言そのままに彼の楽器そのものだった。オーケストラを持たないエリントンの存在は考えられないことだったし、エリントンのいないオーケストラは同じオーケストラであってもエリントンのオーケストラでなくなるといってよいほどエリントンと彼のオーケストラとの関係は他のオーケストラに例のない密接な結びつきがあった。

 れっきとしたエリントニアンといわれるくらい長期に在団した人たちのなかで、一時的に独立して自分のバンドをもって活躍した人も何人かいるか、エリントン楽団に加わっていた時期を上まわる評判を得た人はいなかった。その人たちは必ずといってよほど(原文ママ)しばらくすると古巣にかえってくるようにエリントンの許にかえってきた。エリントンはまたそういう人たちを温かく迎えたのだった。

 いつも、どこの国に行っても聴衆を心から愛し、惜しみないプレイをしたエリントンは聴衆からも愛されたが、ジャズ・ミュージシャンからもエリントンほどすべての人々から音楽的にも人間的にも敬愛された人はいなかった。

 

 エリントンの音楽は、目まぐるしく移りかわるジャズ界の動きのなかで、常に時代を一歩先んじていた。ジャズの伝統に従う者にとっても常にジャズの指針となり、有形無形の影響、インスピレーションを与えつづけてきた。

 その影響力はエリントンの死によって終わりを告げるものではない。エリントンの音楽を愛し、エリントンに学んだ人々の心の中に今も、そしてこれからも長く生きつづけることであろう。

 エリントンの音楽家としてのおびただしい業績は、エリントンその人が天から与えられた才能を七十五年の生涯を通じて、努力一途に注いだ蓄積でもあり、ジャズ史上最も大いなる遺産であり、アメリカの芸術的財産、ひいては人類にとっての貴重な資産といってもいい過ぎではあるまい。

 エリントンの功績はその音楽家としての業績にとどまらず、身を以ってアメリカの黒人同胞に与えた勇気と誇りをはじめてとして、芸術大使としての貢献、国境や人種を越えて世界の人々に「美」のよろこびを与えた功績は計り知れないものがある。

 さいわい、エリントンの音楽は、一九二四~五年のごく初期の演奏から晩年のものまでレコードやテープ(ヴィデオ・テープを含めて)に残されており、私たちはこれからも随時鑑賞できるのはまことに有難いことといわなくてはならない。

 前述したビリー・ストレイホーン、ジョニー・ホッジスに次いで、エリントンの悲報に先立ってテナーのポール・ゴンザルヴェスの急逝(十四日)の報や、最古、最長在籍のハリー・カーネイの入院説などエリントン楽団にとって致命的ともいえるニュースが相次いで入り、私たちファンの心に暗い影を投げていたが、巨星エリントンの死によって現実にエリントン時代に終止符が打たれたことはたしかであろう。

 今後、健在なエリントニアンたちによってエリントンのメモリアル・オーケストラが(たとえ不定期であっても)結成されることもあり得るとおもう。しかし今は私たちに限りない音楽の美しさ、それをきくよろこびを与えてくれた故人への深い感謝を捧げたいと思う。

  (182-184頁(「レコード藝術」一九七四年七月号掲載記事より))

 

ほか、野口久光氏のエリントンへの言及を調べてみることにしたい。

小西康陽 Digs エリントン。(3)

いい加減飽きてきた。 3回続いた小西康陽とエリントンの関係もとりあえずこれで終わり。

 

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

 

 

無人島に1枚だけレコードを持っていくとしたら?」

 

よくある質問だ。

そして、こういう質問をする人間はたいてい無神経な奴だ。

そのジャンルにあまり興味のない人間だから、そんな無神経な質問ができるのだろう。

「これまで聴いてきた中で1番好きなCDは何ですか?」とか。

そんなの、決められるわけないじゃないか。

日によって変わるし、「好き」とか「CD」の定義によっても変わる。

つまり、これは簡単に答えられない種類の質問であり、そのジャンルを真剣に愛していればいるほど、考えるのが苦しくなる質問なのだ。

ところが、質問した方はそんな質問したことさえ忘れてる。数時間、数日間考えたあと、「あの質問、考えてみたんだけど…」なんて切り出してみると、「? そんな質問したっけ?」なんて言いやがる。質問した人間は、自分の質問に責任を持て! と言いたい。

 

無人島に持っていく」って、自分から進んでいくの?

それは、何か原稿を書いたり、技術を習得するための修行期間として?

それともバカンスとして? 会いたくない人から逃げるため?

あるいは、遭難して余儀なく無人島生活をするとか?

無人島生活の期間はどのくらい? 自分で決定できるの?

「レコード」限定? CDはダメなの? リスニング環境はどうなんだろう?

こういう前提条件が皆無。もしかしてこういう前提条件を吟味するのも「込み」だとしたら、ずいぶんゆるい質問。無神経な上に失礼だ。いやだなあ、こんな質問、絶対されたくない。

 

 

さて、この腹立たしい質問に対する小西氏の回答は、質問者の無神経さをやんわりとたしなめて、そもそも質問自体が成り立たないことを説明しながら、うまいことはぐらかしている。

で、最後にぽろっと示す1枚、これがなるほどなあ、という1枚なのだ。

 

私の無人島レコード。

 

 正直に言うと無人島には行きたくありませんね。たぶん絶対に行かないと思います。

 

 だってそこにはレコード屋さんもなけりや、クラブだってないんでしょう? 綺麗な女性とも出逢えないんでしょう? 遥かアメリカやジャマイカやブラジルからレコードが漂流してきてレア盤がたくさん浜辺に打ち上げられている島、なんていうのなら行ってもいいですが。でも駄目ですね。ブラジル盤のジャケットなんて水に濡れたらもうフニャフニャになっちゃうでしょう。東欧のジャズとかもウォーターダメージに弱そうだな。だいたいそんなレア盤の辿りつく島があったら、きっとディーラーたちが先に行っているでしょうから。

 

 たった一枚、というのなら、いつもクラブで使ってるようなレコードは困りますね。ああ、この曲の次にアレが釆たらみんな踊るのに、なんて考え始めたら、もうすっかり都会が恋しくなってしまいます。

 

 自分の作ったレコードも同じです。自分のレコードといっても、ぼくの場合は自ら歌ったり演奏したりしているわけではないので、比較的照れずに聴いてると思いますし、何枚か、何曲かはいまだに繰り返して聴いていますが、どんなに磨きをかけて作ったつもりのレコードでも、出来上がって三週間も経つと欠点が見えてきます。この歌詞はこうすれば良かったのに。もっといいブレイクビーツを見つけちゃったよ。こっちのタイトルに変えていればベスト・セラーだったかも。そんなワケはないのですが。とにかく煩悩とホームシックの種です。ああ、はやくスタジオに入りたい、なんて考え始めたとしたら、どんなに苦しいことか。

 

 いっそ音楽の入っていないレコードが良いのかも。とはいえかつて浅井慎平氏が作った『サーフブレイク・フロム・ジャマイカ』とか持っていくほどオレはひねくれた人間じゃないです。

 

 コレは抜ける、思わずコスリまくりの使えるネ夕盤。つまりたまらないセクシーな美女がジャケットを飾っているレコードもありますが、それこそ一枚にしぼるなんて、オレには出来んよ。

 

 一枚で完結していて、何度聴いても飽きることのないレコード。職業柄、シンプルな構造の音楽だと、一回聴いて、あー、なるほど、なんてわかったつもりになってしまうし。でも聴いていて疲れちゃうようなのはイヤですから。あまりに美しすぎてメランコリックになってしまうのも避けたいです。

 

 何回聴いても音の成り立ちがよく掴めなくて、穏やかで、それでいて音楽的なスリルもあって。つまり何度やっても面白いパズルのような、酒を飲むたびにそらんじてしまう短い詩のようなレコード。ということで『マイルス・アヘッド』を選ぶことにしました。でも青空の下で、このヨットに美女のジャケットを見たらツライと思いますが。

 

(118頁、レコード・コレクターズ増刊「無人島レコード」ミュージックマガジン社(2000. 4))

  

Miles Ahead

Miles Ahead

 

 

なるほどなあ。さすがレコード人。これには唸ったね。

ジャズファンなら誰でも知ってる1枚だけど、これをベストに薦める人は意外に少ない。その理由はイージーリスニング過ぎるからだろう。BGM的に聴けちゃう。だが、もちろんこの作品は全てのアレンジがギルの筆によるものであり、いざ真剣に耳を傾けると、聴き入ってしまう作品なのだ。だから、「何回聴いても音の成り立ちがよく掴めなくて、穏やかで、それでいて音楽的なスリルもあって。」というのはうまい表現。

他に何もない場所で、聴けるのは選んだ1枚だけ、というのなら、たしかに『Miles Ahead』はピッタリかもしれない。流し聞きOK、精聴OKな1枚だ。質問の上品な交わし方です。

 

また、エリントン的観点から考えると、デイヴ・ブルーベックの「The Duke」をカバーしているわけで、その点でも面白い。これについては、本館で少し書いた。ブルーベックもEllington Lover であること、そしてマイルスの死の直前のモントルーで、この『Miles Ahead』の再演をしたことなど。マイルスはエリントン曲をほとんど演奏しなかったが、この「The Duke」は一時期好んで演奏していた。なにしろ、警官にボコボコにされた日も演奏していたくらいだ。

 

 

さらにエリントン関係でいうと、この同じ本の「日記」2007年3月12日では、こんな覚書もある。

Billy Byers / impressions of duke ellington

平林さんが「excellent」のときにプレイしていて、あまりの素晴らしさに驚いてしまった「A列車で行こう」収録。

この日の夜にさっそくプレイししようと送っていただいたのだが結局パーティではken woodman の「A Train」をかけた。

 

そのレコードって、 多分 これ なんだけど、CD化されてないみたい。

 

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内容はこれと同じなのだろうか。

 

Une technique révolutionnaire: Un panorama en stéréophonie (Stereo Version)

Une technique révolutionnaire: Un panorama en stéréophonie (Stereo Version)

 

 

Take the a Train

Take the a Train

 

だとしたら、「あまりの素晴らしさに驚いてしまった」というのは少しおおげさでは…。

 

Ken Woodman の方は、多分これだと思うけど詳細は全然わからない。

とりあえず、ジャケットはサイコー、だ。 

 

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そういえば『First Time !』のときも「A列車」の話をしてた。

 

とすると、こんなイベントでも「A列車」かけたのかな。

 


2013, 9/13 のイベント。

小西康陽氏もDJで参加してたみたい。このイベントでエリントンをかけない、なんてことはありえないだろう。これ、行きたかったなあ。

 

以上で小西氏のエリントンの話は終わり。 長かった…。

小西康陽 Digs エリントン。(2)

前回に引き続き、小西康陽のエッセイから。

 

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

 

 

言わずもがなだけど、このエッセイって、Mr. J.J.のアレへのオマージュだよね。

 

 

小西康陽氏はエリントンには興味が無いわけではない。

akikoをプロデュースした作品でエリントン曲をカバーしていたり、さらに「『First Time !』はお気に入りのアルバムだ」なんてことをエッセイで書いてたりする、なんてことを前回のエントリで述べた(あと、須永辰緒氏とエリントンについても少しだけ)。

 

Little Miss Jazz And Jive

Little Miss Jazz And Jive

 

 

ファースト・タイム+7

ファースト・タイム+7

 

 

今回は、 小西氏の同じ本の別の箇所で『First Time!』について語られているところを引いてみることにする。

 

 この間、ぼくのまったく知らないある大学の助教授の、その御令嬢という方から、ぼくの事務所宛てに連絡があった。

 何でもその助教授は一週間ほど前に亡くなって、遺された手帖に名前の書いてあった人にとりあえず連絡を取っている、ということだそうだ。けれどもぼくのほうはその人の名前にまったく心当たりがない。そうしてその夜は見たことも聴いたこともない、まして一度も会っているはずのない死者について、しばらく思いをめぐらせてしまった。

 ある雑誌にも書いたのだが、今年は有名人が多く死ぬ年のように思える。大きな戦争や飢饉や疫病が大流行するというのでもなければ、毎年死者の数など大きく違ったりしないはずだが、有名人の数が多いと、それだけ死者の数も増えているような気がするし、まるで死が身近に在るようにさえ感じられる。

 ところでこのディクショナリーが出した「セレクション」という単行本がこの間送られてきて読んでいたら、アンケートのページにぼくのも入っていて、最後の”自分の人生を音楽にたとえるとしたら?”という質問に対して、カウント・ベイシー楽団(スペルに誤植があったけれども)「コーナーポケット」という曲を挙げている。

 でもこれは正確にはちょっと違う。「ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド(Jumpin' at the Woodside)」とか「リル・ダーリン(Li'l Darlin')」とかベイシー楽団にはオハコのレパートリィが数多くあって、その中でもこの「コーナーポケット(Corner Pocket)」は快活でダイナミックでやるせなくて、とにかく大好きな曲だ。あのビッグバンドの名物男で、どんなことがあってもリズムに徹して、たとえスポットライトが当たっても絶対にソロを弾かずに、そのことで笑いさえ取ってしまうギタリスト、フレディ・グリーンが書いたこの曲、題名はたぶんビリヤードのゲームから取ったほんの思い付きに違いないし、そこがまたベイシー・バンドらしいユーモアになっていると思う。

 ところがこの曲、やがてその親しみやすいメロディに歌詞が付けられて歌われるようになり、そのときに付けられた新しいタイトルは「アンティル・アイ・メット・ユー(Until I Met You)」つまり、あなたに会うまでは、というような普通のラヴソングになった。

 ぼくが初めてこの曲を知ったのも、その新しいほうのタイトルでクレジットされていた、ベイシー楽団対デューク・エリントン楽団の夢の共演盤「ファースト・タイム」というアルバムだったはずだ。

 右のスピーカーからはエリントンの、左のスピーカーからはベイシーのバンドが演奏を聴かせる。という馬鹿馬鹿しい企画盤だったが、まるでスタジアムでワールドシリーズを見ているような、豪快なサウンドが大好きで、友達が来てビールかなんか飲み始めると、出来上がった頃にはいつもそのレコードをかけて、そして何か下らないことを言っては大笑いしていたような気がする。たしか新宿の厚生年金会館に友達とベイシー楽団を聴きに行ったときも、この曲でやたらと盛り上がった記憶がある。そのときはベイシーもフレディ・グリーンもまだ生きていた。


 たしかその頃「オレが死んだら葬式で絶対この曲をかけてくれ」とよく言っていた。だから正確には″自分の人生の最期を締めくくるなら”この曲ということになる。酔うとやたらナルシスティックになるタイプ、ですね。   
(個人広告(92頁))

 

これを読んだときは驚いたね。

というのは、この「Corner Pocket」は管理人も大好きな曲だけど、この曲を知ったのは小西氏と同じくこのアルバムで、だから管理人は長いことこの曲を「Until I Met You」という名前で覚えていたから。このアルバム、たしか中学生か高校生の頃に再発されていて、ジャズ好きな父親がひょいっとおみやげで買ってきた。一発でヤラれてしまって、「Until I Met You」と、ラストの「Jumpin' at the Woodside」ばかり聴いていた覚えがある。

このアルバムについての小西氏の「野球を観ながら」とか、「ビールを飲みながら」という印象はここから来ているのか。たしかに1曲めの「Battle Royal」から祝祭感は満点。右スピーカーがエリントンオケ、左スピーカーがベイシーバンド、と振り分けられているのもゴージャス、かつ、単純に聴いてて楽しい。ステレオ・システムのチェックにも便利。実際、管理人はステレオ・チェックにはこのアルバムを使っている(サラウンドには『First Time!』、解像度には『女王組曲』がベスト)。

 

ただ、「馬鹿馬鹿しい企画盤」というのには、少しだけ説明を加えたい気がする。

この作品の録音は、61年の7/6-7の2日間で行われた。翌62年の『Money Jungle』に始まり「63年2月の奇跡」へと続く「異種格闘技戦」のことを考えると、この作品はその露払いとしての1枚、と考えることもできるのではないか。

 

 

さらに付け加えておくとこの作品のプロデューサーはテオ・マセロ。5月に録音したマイルスのカーネギー・ホールのライヴ編集をしてた頃。妄想だけど、この編集、マイルスの編集よりもずっとラクで楽しい作業だっただろうなあ。

 

 

今回の一連のエントリを書くきっかけになった、Tomlinsonさんの記事にもあるように、『First Time ! (+7)』のボーナス・トラックは蛇足、だろう。初めてこの作品を聴く人にとっては蛇足以外の何物でもない。

タイトルの (+7) が余計。やっぱり、この作品の終わりは「Jumpin' at the Woodside」でのミュージシャンの全員の大咆哮のあとに響く、ピアノの低いBフラットじゃないと。

トゥッティの後の静寂に響くピアノ。あの余韻がいいのである。

 

ただ、この(+7)のボートラ盤は、1962年のオリジナル・ライナー(ジョージ・T・サイモンとスタンリー・ダンス)に加えて、アーロン・ベルの回顧インタビュー(1998年)、再発プロデューサーのフィル・シャープによる解説(1998年)と、録音時の資料が実に充実している(おなじみのエリントンとベイシーの2ショットに加え、ハリー・カーネイとマーシャル・ロイヤルの2ショット、談笑するポール・ゴンザルヴェスとバド・ジョンソンの写真を撮るベニー・パウエルの3ショットまである!)。 

 

とりあえず、この本での小西氏のエリントンへの言及はこれくらい。

小西氏もエリントンを愛するアーティストの1人であり、特に「『First Time !』推し」であることが確認できただけでも大収穫だ。

「Corner Pocket / Until I Met You」の件なんて、なかなか理解してくれる人がいなくて寂しく思っていたところだった。 

 

ただ、小西氏はエリントンを愛するアーティストの1人であることは間違いなさそうだが、同時に、エリントンは小西氏にとっては好きなアーティストの1人、でしかないのかもしれない。

 

ドカーンとしたビッグバンドの瞬発力、という意味では、エリントンよりもベイシーの方が好みのような。エッセイでもフレディ・グリーンなんて4つ切り職人/グルーヴマスターの名前も挙げてるしね。

フレディ・グリーンって、小西氏にとっての理想っぽいのだ。

 

インタヴュー嫌い

ベース

 ベースがもっと上手に弾けたら、ぼくの人生はもっと幸福になっていた気がします。すごく良い曲を書いて、歌もギターもとてもシンガー・ソングライターがいたとして、そんな奴の隣でベースを弾いてコーヒーハウスで演奏したり、ときどき旅に出たりする人生。これが理想だったのだけど。  (159頁、リラックス2001年7月号)

 

ギター・ソロなんてもってのほか。バンドをグルーヴさせるため、ひたすら4つ切り。で、この4つ切りが素晴らしいんだよね。ベイシーバンドのグルーヴの原動力はベースでなくギター。4つ切り職人です。 なにしろ、リーダー作でも普段と同じく4つ切りに徹してるんだから。

 

Mr. Rhythm

Mr. Rhythm

  • アーティスト: Freddie Green,Henry Coker,Al Cohn,Nat Pierce,Milt Hinton,Jo Jones,Osie Johnson,Manny Albam,Ernie Wilkins
  • 出版社/メーカー: Fresh Sounds
  • 発売日: 2011/04/19
  • メディア: CD
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このアルバム、たしかどこかで村上 "PONTA" 秀一師匠が薦めていた1枚(1曲だけ、イントロでメロディ弾いてます)。

 

リズム・ウィリー

リズム・ウィリー

 

(こちらは完全にリズム・ギター職人として参加)

 

さて、小西氏はもしかしたらあまりエリントンに接する機会がなかったのかもしれない。レコード人の小西氏のことだ、聴いてもらえれば特異なエリントン・サウンドを気に入ってくれてるはず。それなのに、小西氏にとってエリントンが数あるアーティストの1人でしかない、ということは、そう考えないと辻褄が合わないじゃないか。

 

そこで、ここで勝手に小西氏に気に入ってもらえそうなアルバムを挙げておきたい。

 

まずはベイシー。ベイシーならこれしかない。

 ジャケットのモンド感がすごい。 

 

Basie Meets Bond ('65, 12/22-31)

Basie Meets Bond

Basie Meets Bond

 

 

「007のテーマ」「ロシアより愛をこめて」「ゴールドフィンガー」 などの007シリーズおなじみの曲をベイシーバンドがカバー。そしてジャケットがこれとあれば、レコード人なら買わない選択肢はありません。

 

《レコード人のためのリンク》 

Basie Meets Bond

Basie Meets Bond

 

  

エリントンオケはこれ。

 

Duke Ellington Plays Mary Poppins ('64, 9/6, 8. 9)

Duke Ellington Plays Mary Poppins by Duke Ellington (2005-05-03)

Duke Ellington Plays Mary Poppins by Duke Ellington (2005-05-03)

 

 

全曲メリー・ポピンズ

「チム・チム・チェリー」「眠らないで(Stay Awake)」*1「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(Supercalifragilisticexpialidocious)」などなど!

特にポール・ゴンザルヴェス大フィーチャーのスーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(Supercalifragilisticexpialidocious)」はぜひ聴いてほしいですね。

 

以上、小西氏とエリントンの関係。

1冊のエッセイ集でずいぶん楽しめた…で終わりたいところだったけど、もう1つだけ、書いておきたいことがある。

それについては次回で。

 

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

 

 

*1:「眠らないで」はハル・ウィルナーのディズニーカバー集のタイトルにもなっていた。この曲、非凡な才能を惹きつけるなにかがあるのだろう。