Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

プランジャーミュートは「古くて新しいエフェクター」なんです。

なんだかんだで、3月は忙しい時期です。

エリントンとザヴィヌルについてのまとめも終わり、年度代わりのもろもろの更新と合わせて整理をしていたら、この音源を見つけました。

 

突然ですがみなさん、この音源、聞いたことありますか?

このトランペット、ちょっとすごいよ。

 

 

Luis Ferri の「My Love Samba」。

クレジットはそれだけ。ちょっと調べても、それ以上はよくわからない。

でも断言しましょう、このトランペットはファブリッツィオ・ボッソです。

 

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公式ページなのにHomeページへのアクセスが悪かったり、リンクする際の処理がうまくいかないのはご愛嬌。これがイタリアン・カルチャー(もしかしたら新型コロナの影響で、ネット環境も混乱しているのかも)。

 

さて、この「My Love Samba」。

一聴すると2000年代のジャズ系のクラブミュージック。素材こそ生楽器なものの、DTMで完成させた典型的な2000年代のカフェ~ラウンジ・ミュージックといったら、同世代の方には通じるでしょうか。

でも、トランペット・ソロの強度がすごい。

このソロだけ突き抜けてます。

まず、バカテクなのにそれをひけらかすのでなく、あくまでサラッと軽く、60%程度の力でこなしているように聞こえるところがすごい。「おいおい、早く録音終わりにしようぜ! ランチのサンジェルマンのカツサンド、売り切れちゃうじゃないか!」

ボッソのそんな声が聞こえてきそう。

そして強調したいのは、溢れ出る抜群のユーモア! ウィントン・マルサリスから強い影響を受け、ウィントンに匹敵するであろうテクニックを備えるボッソですが、両者には決定的な違いがあります。

それは、ユーモアの有無。

こんな洒脱で力の抜けた、サイズの決まったソロ、ウィントンは絶対したがらないだろうなあ。

さらに、「タンギングを変えるだけでこんなに豊かな表情をつけることができるのか」、「テクニックとは、この『軽さ』を表現するために存在するのか」……など、言いたいことはたくさんあるのですが、わたしが一番強調したいのはプランジャー・ミュート!

ボッソのこのソロ、なんと全編プランジャー・ミュートが使われてるんです。

 

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この画像では少しわかりにくいかもしれませんが、プランジャー・ミュートとは、トランペットの音色を変えるものです。ただ、ベルに突っ込んで固定して使う他のミュートと異なり、自分で手で持って開閉して音色を変えるわけで……詳しくをこちらをご覧ください。

 

 

で、ここが大事なところなんですが、このプランジャー・ミュート、はっきりいって、一般的には時代遅れの奏法なんです。なにしろ、エリントンオケでクーティが得意としていた奏法です。1930~に発明された奏法なので、100年近く昔の奏法ですよ。

あ、このミュート、楽器としてももちろん発売されてますが、一般的には別のもので「代用」されてます。

 

楽器としての商品はこちら。

 

3,000~6,000円。 

なるほど、中々の値段です。

しかし、貧しい学生や、通は別のものを使います。

それがこれ。

 

 

 

 

 

俗にいう、「トイレのすっぽん」ですね。

これがプランジャー。

 

誤解のないように付け加えると、この商品が絶対、というわけではありません。

求めたい音を追求するのが音楽家ってもんです。

このプランジャー・サウンド、実は単なる開閉だけじゃないんですよ。そのロングトーン中にビブラートで表現できないような音の揺れを表したいときは、このプランジャーを揉みしだいたりします。または、開け閉めしながら揉みしだいたり、さらに揉みしだきながら唇で強弱を加えたり……えーと、プランジャー・ミュートの話ですよ、誤解無きよう。とにかく、プランジャーの表現は無限なんです。

そして、プランジャーというかこの「すっぽん」は、ニトリなどのホームセンターにいくといろいろな種類がありまして、自分の好みのものを吟味できるわけです。

固いもの、柔らかいもの。手のひらに収まるもの、逆に片手では溢れてしまうもの、小さくて慎重に扱わなければならないもの。形はいいけど固くて反応が鈍いもの、柔らかいけど形が簡単に潰れてしまうもの。

一番いいのは、「自分の手に収まるサイズで、指の動きにしっとりと反応して形が変わり、表現したい音を繊細に表現してくれるもの」なわけです。

・・・えーと、繰り返しますが、プランジャー・ミュートの話ですよ、もちろん。

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さて、ジャズ史に戻りましょう。

以後、この奏法は急速に廃れ、ジャズの世界では別のミュートが使われるようになりました。

その理由は、マイルスが導入したハーマン・ミュート。

マイルス以後、ジャズの世界ではこのミュートがデフォルトになりました。

たしかに、あれほど自分の音にこだわり/コンプレックスを抱いていた人間です。音色を変えるギミックを見逃すはずはありません。陽性のブリリアントな音は自分の音ではない、と悟ったマイルスは、自分にピッタリの音を見つけました。ハーマン・ミュートの先端の「ワウ」部分を外してマイクに密着。すると、オフマイクならデッドな音しかしないのに、密着するとマイクは繊細な音を拾うんです。いや、これは発見というよりも「発明」といっていいレベルですよ。

本当にセルフ・プロデュースがうまい男です、マイルスは。

 

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もちろん、トランペットの音色を変える、という意味ではほかにもミュートの種類はあります。

金属的な響きを強調するストレートミュート、木管楽器のような響きで、ややコミカルなカップミュート。ソフト帽から派生したハットミュート。でも、これらは吹奏楽やクラシックでよく使われるもので、ジャズのメインストリームではないかな。

ジャズに限らず、管楽器奏者にとってはミュートは局所的な飛び道具です。

というのは、管楽器奏者にとって、自分の音色(オンショク、と読んでほしいところです)はオリジナリティ、生命線だからです。これは誇張ではなく、そのフレーズと同等、ジャンルによってはそれ以上に重要な要素です。

だからこそ、サックス吹きはリードやマウスピースにこだわり、ラッパ吹きはマウスピースを複数携帯したり、楽器を重くしたりするわけです。

なれてくると、音色を聞いただけで誰が吹いてるかわかるようになります。そのフレーズと同じくらい、音色は大事。だから、校舎や河原でロングトーンしている人を見かけても、そっとしておいてあげてください。彼ら/彼女らにとってのロングトーンは、筋トレや型の稽古、素振りしてる感覚なんです。

逆に管楽器奏者の読者の皆さん、決してロングトーンを軽視することなかれ。

ロングトーンしてるときに意識すること、試してみることはたくさんありますよ。

唇の形、それに合わせた唇の筋肉の使い方、口の中の空間の形・容量、舌の位置、空気の量、空気のスピード、空気の質、ノドの開閉具合、腹式呼吸の加減、音の始まりの舌の突き方、 音の終わり方・切り方・・・まだまだあるでしょう。

 

ここらへん、ギタリストやベーシストとは決定的に価値観が違うところです。

ギタリストは、音色の違いは楽器の違いと考えているところがあります。だから何本もギターを買うし、エフェクターもいくつも買って平気に音を変えまくります。 

逆に、管楽器奏者がPAを使うときは、自分の音の再現性にこだわりがちです。

そう考えると、ボッソのプランジャーも、自分の生音の素晴らしさをわかっているがゆえの プレイなのかもしれませんね。その意味で、やはり局所的な使い方です。

ただ、最近この考えが覆されるような音楽に出会いまして…。

その話は次回に。

 

 

それにしても、このジャケットは素晴らしい。本当にこの時代のSchemaレーベルは輝いてますね。

 

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