前回の続きです。
サックス奏者にして作曲家、アンビエント・ミュージシャンのARAKI Shin氏へ、管楽器のエフェクターに関するインタビューが実現。
管楽器奏者がエフェクターを使うことの意味、drolo / Effects というエフェクターの特性について、有益な話をうかがったので、2回にわたって記事にしておきます。
管楽器の音色や「マイク乗り」、エフェクターを使おうと考えてる人には参考になるはずです。
ARAKI Shin
サクソフォン奏者、コンポーザー。
これまでにアルバム“PRAYER”、“A SONG BOOK”等リリース。
あいみょん、伊藤園子、Exile、坂本美雨、sawako、関口シンゴ、東京フィルハーモニー交響楽団等で録音参加、楽曲提供、編曲等。
ファッション・ショー、舞踏、写真、陶芸とのコラボレーション、古今東西の讃美歌/聖歌から選曲したアルバム“Reed Organ Hymns”プロデュースなど、ジャンルを超えた活動を行う。
近年はサクソフォンにエフェクターを用いたアプローチが国際評価を受け、日本人で初めてベルギーのメーカー"drolo FX"公式アーティストとなる。
サクソフォンを池田篤、大野清、和声と対位法を柿沼唯各氏に師事。
【1. 音楽家 ARAKI Shin】
管理人 佐藤 龍(以下「佐藤」):
やあ、今回はインタビューを受けてくれてありがとう。
ARAKI 君は高校からの付き合いで、学年としては同級になる。
でも音楽面ではわたしの先輩的な存在で、理論面、特にクラシック方面の先生です。
まず、簡単に自己紹介してくれないかな。
ARAKI Shin(以下「ARAKI」):
はじめましてARAKIです。サックスを吹いたり楽曲制作をしたりしています。
佐藤龍君とは一緒に吹奏楽部で演奏していたね。
龍君はその後地元を離れたので一緒に演奏をする機会はなくなったけど、音楽に関する親交は今日に至るまで続いている。
進学先のサークルがエリントン研究の盛んなところで、『and his mother called him Bill』のようなアルバムをはじめ色々教えてくれて、本当に感謝しています。
佐藤:
いやいや、『パリコン』と『女王組曲』はすでに自分で発掘してたじゃない。
「ジャズ生誕100周年イベント」もあって、今でこそエリントンの再評価が進んで広く知られるようになってきたけど、20年前に自力であの音楽にたどり着くなんてさすがだよ。……って、これ、ずいぶん上からの言い方だ。
ARAKI:
よく覚えているね(笑)
佐藤:
それにしても、drolo の公式アーティストに選ばれた、と聞いたときは驚いたよ。何かと息苦しい時代に、うれしい知らせだった。
わたしがこれまで知ってるARAKI君は、アルト、テナー、ソプラノのサックス吹きであり、作曲家、そして「音響」を大事にする作曲家でもあり、何枚もCDを出してる音楽家。
今日はこれらに加えてエフェクト使いとしての話が訊けると思って楽しみです。
わたし自身の吹奏楽部から出発したトランペット経験からも、管楽器におけるエフェクターの使い方、というのは実に興味深い。
あと、今回インタビューを申し込んだのはこの drolo の件だけど、エリントンに理解がある、というのが大きかった。ちょうどプランジャーについて考えてた時だったので、エフェクターとエリントン・サウンドの可能性についても訊けたらなあ、と思います。
ARAKI:
よろしくお願いします。
【2.管楽器奏者がエフェクターを使う意味 】
佐藤:
じゃ、本題に入るけど、そもそも、なんでサックス吹きなのにエフェクターを使おうと思ったんだろう。
わたしも一応管楽器吹き(tp)だからわかるけど、管楽器奏者にとって、音色はその人の大きな個性だと思うんだよね。「音を聴けば、誰だかわかる」みたいな。
そういや、学生時代も「目隠しテスト」が好きな先輩いたなあ。「このしゃくりあげはマクリーンだ!」みたいな。(笑)
ARAKI:
(笑)
佐藤:
遊びでやるのは面白かったけど、あれでマウンティングする/されるのは大嫌いだったな。「お前は聞き込みが足りないんだよ! もっとジャズを聴け!」みたいな。
荒木:
(笑)厳しい環境だったんだね。
佐藤:
大嫌いだったけど、勉強にはなった。個性的なミュージシャンは、フレーズじゃなくて音色を聴けば誰かわかる。つまり、音韻じゃなくて音響で判断できてしまうというか。「しゃくりあげ」も音響の一部かな(笑)、テクノイズだ。
「説得力のある音」というのは管楽器奏者にとって大きな武器であることは間違いない。だからこそ、毎日の基礎練習の時間でも、ロングトーンとか音色に関する練習に時間をとるわけだし。
ARAKI:
今自分がやっている練習も、大半はロングトーンの応用ともいえるものだよ。
フレーズの中で、跳躍をしたそれぞれの音を良い音色と音程で吹く練習だったり、逆に両者に別の性格を持たせて対位法的にしたり・・・・エフェクター操作より、毎日のこういう練習に使う時間のほうがずっと多い。
本当はもっとエフェクターやモジュラーの勉強に時間を取りたいんだけど、楽器の練習がフィジカルすぎて疲れて寝るしかないことも多々ある・・・。
佐藤:
うんうん。だから、君がエフェクターを使ってるのには違和感があったんだよね。前回の記事でも書いたけど、マイケルやマイルスが使っているイメージが強くて、効果音としてエフェクトをかけてる、というイメージが強かったので。
なにか、エフェクターを使おうと思ったきっかけとかあったのかな?
ARAKI:
エフェクターはわたしもかつてそこまで好きではなかった。
今振り返ると、管楽器の本来持つ音色を生かせていなかったのと、使うべき音楽が分かっていなかったのだと思う。
管楽器でエフェクターというと、ワウやディストーションのような音でフュージョンを演奏するような固定観念(ステレオタイプ)が自分の中にあったんだろうね。
佐藤:
隠遁前のマイルスとか、『Heavy Metal Be-Bop』の頃のマイケルみたいな。
ARAKI:
ただ、エフェクター使いが一番多いのはたぶんギタリストだと思うけれど、彼らが皆そういう使い方をしているわけでは全然ない。
どんな音楽を演奏するかという選択が大切なんだと思う。
本当にこの2、3年で、自分の理解が深まったり、面白いエフェクターが出てきたり、フィードバック(ハウリング)に強いマイクが出てきたりしたことで、管楽器の音色を生かせるアプローチと、ミニマル/アンビエント/ドローン的な音楽で使うことが可能になって、いろいろイメージが湧くようになった。
(ARAKI氏のInstagramより)
フュージョンやファンクと全く異なる文脈からのエフェクト
佐藤:
なるほど、生音という武器を捨てて、エフェクターという新しい武器を手に入れたわけだ。
荒木:
生音「に加えて」と言ってくれ(笑)。
それと、生音の話でいうと、「生音」といっても、本当に音を生で聴いてもらう場面というのは実はそこまで多くない。
「生演奏」でもマイクを通すことは多々あるからね・・・聴衆はその場で起きているという「アウラ」を感じていながら、実際にそこで聞こえている音は必ずしも生の音ではないんだ。
ヴォ―カリストなんてその最たるもので、クラシックの声楽家以外はほとんどマイクを通しているのではないかな?
それを生音の代役や劣化コピーと捉えるよりも、たとえば切り刻む(スライサー)など、もう少し積極的な使い方をしたのがエフェクターということになると思う。
佐藤:
マイク、PAの積極的な使い方としてのエフェクターか…。「私達が生音と思って聴いているものは、実は生音ではない」という指摘は面白いね。言われてみればそのとおりだ。
ちょっと自分の話で恐縮だけど、この「マイクのり」にはずいぶん苦労した。。。
ARAKI:
ほう。
佐藤:
わたしのトランペット、音色はクラシック的な観点から「豊かでいい音」「ちゃんとトランペットの音がしてる」なんて言われて、ちょっといい気になってた。
でも、録音した音を聞いたら愕然。ペラペラな音で、深みも広がりもなかった。逆に、普段屋外で一緒に練習してると「ベターッ」とした薄い音の友人のトランペットの音の方が、録音してみるとはっきりとした音でいい感じで録音されてたりするんだよね。
よく言われたのは「お前はマイク通さないほうがいい音」とか。
「伝える」ことまで考えたら、マイクのり、PAまで考えるべきだということを痛感したね。
いま、話を聞いてて、そんなことを思い出した。
ARAKI:
「マイク乗り」は当然考えている。あらゆる録音の仕事でも重要だし、それに合った吹き方や道具(インストゥルメンツ)の選択も大切になるね。
自分もマイク乗りは非常に考えてきたし、同じ人がいて安心したよ(笑)。
楽器や録音機材でいえば、低域の量一つで印象は全く違ったものになるし、吹き方も含めて、音にふわふわ、ざらざらした成分がどう混ざっているか、など。
わたしはサックスを教えてもいるんだけれど、感性の鋭敏な生徒の中には、発表会でのマイク乗りを意識してセッティングを選んでいる人までいるし、全然気にせずとにかく吹きやすいかどうかが重要という人もいるね。
佐藤:
気になる人は気にるよね。
だって、せっかくいい演奏しても、それが届かないんだもん。
参考までに、さっき君が言ってた「フィードバック(ハウリング)に強いマイク」ってどこのもの?
ARAKI:
Intramicというフランスのマイクを使っている。
(現在サイト作成中のようです。"Site en construction"。)
日本ではまだ輸入代理店も無く知られていないのだけれど、今どんどん進歩していて、昨年と今年に出たばかりのものを使っている。
ネックとマウスピースの間に平たいケーブルを這わせ、超小型マイクを管の中に入れてしまうという、破天荒なアイデアだ。
50年以上前に、サクソフォンのネックに穴を空けてそこから音を拾うというマイクが作られたけれど、大切な管体に穴を空けなければいけないという、大きな難点があった。
竹内直(ts, bcl)さんによると、今マウスピースに穴を空ける仕組みのマイクがドイツかどこかから出ているらしい。
Intramicはその問題を解消した素晴らしい仕組みだと思う。
フィードバックに強いだけでなく、音色も良いよ。
詳しくは前にブログでも書きました。
佐藤:
どこにも穴を空けなくて済むのはいい。姦通/貫通罪にも問われない(笑)。
ARAKI:
(無視)
管楽器の歴史の中でサクソフォンよりトランペット奏者のほうによりエフェクター使いが多かったのは、おそらく音漏れやフィードバック・イシューと無縁ではないと思う。
トランペットに比べて管体に穴が多いサクソフォンは、色々なところから音が漏れて制御が難しいんだ。
佐藤:
そうか、ヤマハのサイレントブラスはもともとサックス用に開発されていた、というのはShin君からきいたんだっけ。でも、その音漏れが激しいので、サックスから方向転換して金管楽器を対象としたとか。*1
いろいろ思い出してきたけど、初めて君がサックスにエフェクターを使っているのを聞いたのは「Jazz Collective」での演奏かな。あれには本当に度肝を抜かれた。
ARAKI:
10年以上前になるかな・・・深夜の大阪のクラブに足を運んでくれてとても嬉しかった。
あのユニットでエフェクターを使っていた曲は、わたしがジェフ・ミルズのファンで、デトロイト・テクノ風の表現を生バンドでやりたいと思い生まれたものだよ。
エフェクターとしてはシンプルに歪ませただけだったのだけれど、反復するミニマル~テックなフレーズや演奏スタイルとの相乗効果があったと思う。
佐藤:
Jazz Collective はカッコよかったなあ。
当時はクラブ/ラウンジ・ミュージックとジャズのクロスオーヴァーが流行っていて、その「流れに棹さす」バンドだった。*2 活動停止が残念です。
…と、実に興味深い話題が続きますが、ちょうどここで折り返し地点。
次回に続きます。