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Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

「『パリコン』の再発」という事件。

そういえば、『JAZZ LIFE』のディスク・レビューで、『パリコン』が取り上げられたことがあるのを思い出した。『JAZZ LIFE』のレヴューは、その冒頭の1ページ目に注目の2枚を取り上げ、その次のページからは1ページあたり4枚の紹介になるのだが、『パリコン』が取り上げられたのはその冒頭のページ!

冒頭に再発作品を選ぶなんて英断だと思う。

 

jazz Life (ジャズライフ) 2014年 04月号 [雑誌]

jazz Life (ジャズライフ) 2014年 04月号 [雑誌]

 

  

グレート・パリ・コンサート VOL.1

グレート・パリ・コンサート VOL.1

 

 

 

エリントン楽団の最高傑作と謳われるライヴ盤が再発

The Great Paris Concert, 1963

 デューク・エリントン楽団が残した数多くのアルバムの中でも最高傑作として世界中で愛聴され、日本では”パリコン”。の愛称でも知られるライヴ・アルバムが国内盤で再発された。これまで2枚組だったものが別ディスクになり、定価も抑えられたとあって、本作を聴いたことのないリスナーにも食指の動くものとなったはず。Vol.2 の④~⑬がオリジナルのアナログには未収録となっていたとのことだが、海外盤などではすでにボーナス・トラックにしては過ぎる名演として語られていたものだから、Vol. 2だけでも聴く価値は充分にある。Vol. 1冒頭の軽快なトリオ・ワークからエリントン・スウィングの定番②への流れ、ジョニー・ホッジスをフィーチャーした③~⑤の安定感、全編に通底するゆったりとしたアフター・ビート、キャット・アンダーソンのハイ・トーン、ローレンス・ブラウンの歌心溢れるソロ、クーティ・ウィリアムズのプランジャーなどなど聴きどころを挙げればキリがない。しかし、考えれば当時のメンバーはほとんど齢60の大台を超えていたはず。にもかかわらずパワーは漲り、むしろ全盛と言って差し支えない演奏が繰り広げられていることに驚かされる。本作が録音された1963年といえばビートルズが人気を獲得し始め、翌年には東京オリンピックが開催されるなど世界が次の時代へ進むエネルギーを孕んでいた頃のこと。その時代のワクワクするような空気感を、このアルバムも内包している。時代の過渡期にあってエキゾティック、スウィング、ゴージャスを行き来しながら決して品位を損なうことのなかったエリントン・サウンドの真髄を、本作は余すところなく収録している。 <御子柴亮輔>

 

「安全運転」な評。ここに書かれていることはどれも間違っていない。音楽的な説明はもちろんのこと、この作品の歴史的な価値や発表経緯、当時の文化背景的などにすべて言及しており、その意味では情報量の多い文章だが、この文章を読んで積極的にこの作品を聴きたくなるか、というと疑問。しかし、中立な立場からこの作品を紹介してくれた、という意味では評価すべきかも。なにしろ、Ellington loverには名盤として常識だが、一般的にはまだまだ知名度が低い作品だったと思うから。

しかし細かい点をつつくようだが、「当時のメンバーはほとんど齢60の大台を超えていたはず」というのはおかしい。60歳を越えていたのはエリントンだけだ(63歳)。年齢順に並べるなら、これにホッジス、ローレンス・ブラウンが続く(当時56歳、55歳)。これは小さいこだわりに聞こえるかもしれないが、この年齢の隔たりは意外に重要なことであると管理人は考えている。というのも「55年体制」のこの時期、エリントンは強権的なバンドリーダーとしての立場を確立したわけだが、その確立にはこの年齢の隔たりが無視できない要素だったと考えられるからである。そして55年体制の魅力とは、体制側と反乱分子とのせめぎあいにある、ともいえるのだ。

自分より年上のソニー・グリーアやフレッド・ガイ、同年代のファン・ティゾールとオットー・ハードウィックもいなくなり、もはやエリントンには気を遣う必要のある人間はいない。「ホッジスの乱」とその後のめまぐるしいメンバーチェンジを経て自分に必要なサウンドを理解し、サム・ウッドヤードやクラーク・テリー、ポール・ゴンザルヴェスといった自分の思い描くサウンドを実現できるメンバーを揃え、彼らを自由に使いこなしたエリントンが、猛獣使いさながら56年のニューポートを皮切りに快進撃を続けたのはある意味当然のことだったといえる。

さらにこの55年体制の快進撃の理由の一つとして、ハリー・カーネイ、ストレイホーンを中心とする「体制側」(ゴンザルヴェス、レイ・ナンス、サム・ウッドヤードも多分こちら側)と、ホッジスの乱の渦中の人物であるホッジス、ローレンス・ブラウンといった「反乱分子」との間にあった緊張も挙げられるだろう。体制側は反乱分子を牽制しつつ、ソロ作を援助したりフィーチャー曲を増やすことで懐柔を図る。オーケストラに存在したこの緊張のせいで、オケはマンネリに堕することなく、サウンドは絶えずバージョンアップの見直しが図られた。このバージョンアップはストレイホーンとともに(またはストレイホーン単独で)行われたが、体制中枢のストレイホーンが反乱分子であるホッジスと通じていたりするわけで、エリントンはこの体制の維持にどれだけ神経を使ったことだろうか。

閑話休題

 

紹介されたのは「Vol.1」だが、もちろん「Vol.2」も再発された。 

グレート・パリ・コンサート VOL.2

グレート・パリ・コンサート VOL.2

 

 

さて、現在2017年の時点で見てみると、この作品はずいぶん一般的に知られるようになったみたいだ。amazonを覗いてみると、なんと「¥13,908~」なんて法外な値段が付けられている。メーカーに在庫がないせいだろう。

こんな状況では2枚組の海外盤を買うしか選択肢はない。こっちは「¥1,296~」アホらしい。これじゃ国内盤が再発されても意味がないんじゃないかな。

 

Great Paris Concert

Great Paris Concert

 

このCD、増産(といえばいいのかだろうか。増刷? 重版?)すれば規模は小さいかもしれないけど、確実に売れるCDだと思う。それこそ1,000円台だったら、エリントンに興味を持った人々が喜んで買うだろう。 

「CDが売れなくなった」とよく耳にするけど、こういう「売れるCDを売れるようにする」努力も大事なのでは。

 

 

最後に、『JAZZ LIFE』のこの号のディスク・レビュー、もう一つは マイルスのブートレグ・シリーズのvol. 3、『アット・ザ・フィルモア』だった。

 

ブートレグ・シリーズ Vol.3

ブートレグ・シリーズ Vol.3

 

 

そういえばこのシリーズのvol.4は「New Port」編で、その1955年の1曲目(冒頭でなく、1トラック丸ごと)はエリントンによるマイルス紹介のアナウンス。以前に、マイルスがエリントンオケに入団したらエリントンが「トランペット、マ~イルズ・デイヴィス」とニヤけた顔で紹介するだろう、なんて妄想を書いたことがあるけど、それが半分現実になってしまっている。

 

 

Miscellaneous Davis 1955-1957

Miscellaneous Davis 1955-1957

 

 

『パリコン』もこのブートレグも、レビューの冒頭で紹介するに値するいい音楽だと思う。それに全く異論はないけど、この『JAZZ LIFE』が4月号だったことを考えると、「春だし、ジャズでも聴き始めてみるか~」なんて人がこの号を手にとったとき、「やっぱりジャズって昔の音楽なんだ…」なんて思ってしまったんじゃないか、といらぬ心配をしたりもした。