Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

ソプラノ侍 loves デューク。

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スティーヴ・レイシーといえばソプラノ・サックス。

スティーヴ・レイシーといえばモンクのカバー。

つまりスティーヴ・レイシーといえば、「ソプラノ・サックスでモンクをカバーする男」なわけだが、この三段論法的(あくまで「的」なところが「ミソ」)にソプラノとモンクをかけ合わせたところがレイシーの大いなる発明と言えるだろう。

 

今でこそ、ソプラノ・サックスとセロニアス・モンクの音楽的な相性は抜群であることは誰もが認めるところだが、当時そんなことを考えた人はだれもいなかった。

 

今回は、この「ソプラノ侍」スティーヴ・レイシーのデビュー作について。

 

『Soprano Sax』(1958, Prestige)

Soprano Sax

Soprano Sax

 

 

ブランフォード・マルサリス(ts, 1960-)

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 ぼくがソプラノ・サックスで影響を受けたのはシドニー・ベシェで、それを突き詰めていったらその先にジョン・コルトレーンがいた。ステイーヴもベシェに影響を受けているのがわかるから、直接は関係がなくても兄弟子みたいなものだ。そう思うと、不思議な気分だね。コルトレーンも兄弟子っていうことになるわけだし。むこうは「冗談じゃない」って思うだろうけれどね(笑)。

 これは相当古いレコーディングだ。この時代にこれだけ斬新なことをやっていたのは驚きだよ。ソプラノ・サックスはオールド・ファッションな楽器で、コルトレーンが使うまでは、ベシェのようにニューオリンズ・ジャズのひとがクラリネットと持ち替えで吹く楽器だった。そのコルトレーンが取りあげる前に、こんなにモダンなスタイルで吹いていたんだから凄い。

 それにしてもこのスティーヴは面白い。ニューオリズ・ジャズの痕跡を残しながら、先鋭的なプレイをしようとしている。後年の彼に比べると考えられないほどスインギーだ。それでいて不思議なハーモニーを用いたり、幾何学を思わせるフレージングを重ねだりと、さまざまなことを試みている。まだ、彼自身やりたいことが明確になっていなかったんだろうね。それゆえの面白さが楽しめる作品だ。(96年)

 

 

アーチー・シェップ(ts, 1937-)

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 スティーヴ・レイシーが初期に残した演奏からは、ソプラノ・サックスをどうすれば新しい時代の楽器に変身させられるか、その試行錯誤の跡を認めることができる。

こういう作品は貴重だ。だって、彼が四苦八苦してこの楽器を独自のものにしようとしている過程が記録されているんだから。

 完成された演奏を聴くより、こういう内容が面白い場合もある。つまらなければそれまでだが、このアルバムは違う。ソプラノ・サックスの可能性をあの手この手で試している姿がはっきりと示されているし、それらのことごとくが共鳴できる。わたしも最初は手探りの状態でこの楽器に手をつけた。ステイーヴも同じようなことをやっていたのかと思うと、おかしいし、嬉しい。でも、こういうのはミュージシャンじゃないと楽しめないかもしれないがね。(98年)

 

 小川隆夫氏のまとめ。

 ソプラノ・サックスを専門に吹くプレイヤーはジャズの世界で珍しい。その先駆者がスティーヴ・レイシーである。のちに大胆なフリー・ジャズで一世を風靡することになるが、この作品では軽妙なスイング感も楽しめる。ウイントン・ケリーのプレイとも違和感がない。そこにレイシーのルーツが顔を覗かせる。これなどもっと高く評価されていい一枚ではないだろうか。

 主要楽器はテナー・サックスだがソプラノ・サックスも多用するふたりにレイシーのことを聞いてみた。共通していた意見は、この作品ではスタイルが完成されていないことと、それゆえの面白さがあることだった。ブランフォード・マルサリスは自分もそうだったからだと思うが、レイシーのスタイルはニューオリンズ・ジャズに原点があると指摘する。やがてフリー・ジャズの最先端に躍り出る彼だが、このアルバムを録音する数年前まではニューオリンズ・ジャズのバンドで演奏していた。

そういえば、オーネット・コールマンニューオリンズの集団即興演奏にヒントを得て自身の音楽性を発展させたといっていた。ニューオリンズ・ジャズとフリー・ジャズの共通性。このアルバムはそれを示しているのかもしれない。

 

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

 

 

スティーヴ・レイシーといえばモンクのカバー、なのだが・・・

おーい、誰もモンクのことについて触れてないじゃないか!

これ、そんなの言うまでもないことだからあえて触れなかったのかなあ?

 

管理人は一時期ソプラノの魅力にとり憑かれたことがあって、コルトレーンはもちろん、デイヴ・リーヴマン、ショーター、シドニー・ベシェジョー・ファレル本多俊之まで聴きまくっていた時期があった(ケニー・ギャレットも聴いたが、ケニー・Gは聴かなかった)。そのときにレイシーもだいぶ聴いたのだが、レイシーのキャリアを考えると、このデビュー作の選曲は興味深いのだ。なんと、モンクは1曲しかやってないのである。

 

A-1. Day Dream (Strayhorn, Ellington)
A-2. Alone Together (Dietz, Schwartz)
A-3. Work (Monk)
B-1. Rockin' in Rhythm (Ellington, Mills, Carney)
B-2. Little Girl, Your Daddy Is Calling You (Unknown)
B-3. Easy to Love (Porter)

 

取り上げてるのも「Work」なんてマニアックな曲。

ちなみにこの曲、モンクの全キャリアでも1回しか演奏してない曲、らしい。

収録されてるのはこれ。

Thelonious Monk & Sonny Rollins: Rudy Van Gelder

Thelonious Monk & Sonny Rollins: Rudy Van Gelder

 

 

モンクの代わりに目立つのがエリントン。モンクの選曲とは異なり、比較的知名度の高い曲が選ばれている。ただ、クレジットからもわかるように、「デイ・ドリーム」はストレイホーンの曲みたいなもんだし、「ロッキン・イン・リズム」も初期からのおなじみの曲だけど作曲はハリー・カーネイとの共作で、濃厚なエリントン色、というわけではない。そしてスタンダードの「アローン・トゥギャザー」と「イージー・トゥ・ラヴ」を混ぜている辺り、だいぶ選曲に気を遣っているのが感じられる。

思うに、この1作目の段階ではモンクではなく「エリントンで行く」という選択肢もあったのではないか。いや、レイシーはシドニー・ベシェがエリントンの曲を演奏するのを耳にして、私はソプラノ・サックスへの恋に落ちた」なんて言ってるくらいだ。この段階ではむしろエリントンの方に惹かれていたのかもしれない。

 

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(”I heard Sidney Bechet play a Duke Ellington piece and I fell in love with the soprano saxophone.")

 

あるいは、ほかのスタンダード曲の可能性を探ったり、オリジナル曲を書く、という選択肢もあったことだろう。この段階では、レイシーの前に複数の道が伸びているのが見える。そして、そこにはそれらの道を前にして考えあぐねているレイシーの姿もある。つまるところ、このデビュー作は佳作ではあるものの未完成だ。そしてその未完成なところは「伸びしろ」でもあるわけで、ブランフォードやアーチー・シェップが魅力を感じるのもそこ。レイシーの「迷い」こそ、このデビュー作の魅力なのだ。

 

これがその翌年に録音の2作目となるとグッとわかりやすくなる。

 

『Reflections』(1958, Prestige)

Reflections: Plays Thelonious Monk

Reflections: Plays Thelonious Monk

 

 

A-1.  Four In One
A-2.  Reflections
A-3.  Hornin' In
A-4.  Bye-Ya
B-1.  Let's Call This
B-2.  Ask Me Now
B-3.  Skippy

 

全曲モンク。もはやここに迷いはない。

「モンクス・ミュージック」という金脈を発見した喜びに満ち、迷いを抜けた後の清々しい風が吹いている。レイシーはこの2枚目で明らかに音楽的に新たな次元に到達したのであり、「モンク吹き」という肩書を確立した。

 

その後、さらにレイシーは過激な方向に進み、ヨーロッパに渡って前衛派として、アヴァンギャルドなサウンドを展開する。

レイシーはショーター、リーヴマンと並んで管理人が敬愛するソプラノ吹きだが、正直、この時代のレイシーはあまり日常的に聴きたくなることは少ない。とんがった音楽を耳にするのには気合が必要だし、……この時代のレイシー、ビジュアルも怖いのである。

 

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 ”You talkin' to me?"

 

まるで『タクシー・ドライバー』 のトラヴィス

デ・ニーロも真っ青だ。

 

…さて、ソプラノに恋に落ちるきっかけとなったエリントンの音楽だが、レイシーは忘れていたわけではない。焼けぼっくいに火がついたみたいに、80年代後半からレイシーはちょくちょくエリントンと向き合い始める。

 

Sempre Amore

Sempre Amore

 

録音は87年2月17日。

マル・ウォルドロンとレイシーの交流は、『Reflections』まで遡る。

このデュオでなされているのは、前衛時代が嘘のような美しい会話。

選曲も実にシブい。

この選曲を見た瞬間、管理人は2人をエリントンマニアに認定した。

 

1. Johnny Come Lately" (Strayhorn)
2. Prelude To A Kiss (Ellington, Gordon, Mills)
3. Star-Crossed Lovers (Strayhorn, Ellington)
4. To The Bitter (Ellington)
5. Azure (Ellington, Mills)
6. Sempre Amore (Ellington)
7. A Flower Is A Lovesome Thing (Strayhorn)
8. Smada (Strayhorn, Ellington)

 

 

 だが、何といっても管理人が愛するのは「猫ジャケ」としても秀逸なこれだ。

Paris Blues

Paris Blues

 

(87年 11/30-12/1) 

モンク、ミンガスの曲が並ぶ中、「Paris Blues」の1曲だけ、エリントンが演奏される。この作品の音楽はどれも素晴らしいが、この曲の演奏は気品に満ちていて特に素晴らしい。作品の中のこの曲の位置は、レイシーにおけるエリントンの影響を表しているようで興味深い。

 ライナーノーツを読む限り、「Paris Blues」の選曲はレイシーによるものらしい。*1「パリのアメリカ人」であったレイシーへの目配せともとれる、面白い選曲だ。数時間の打ち合わせで完成したらしい。音の少なさをカバーする演奏でなく、音が少ないからこそできる表現が展開されている。美しい作品です。

 

この作品、というかギル・エヴァンスについては以前にこんなことを書いた。

 

 

そして晩年のレイシーのエリントン解釈がこれ。

 

『10 OF DUKES + 6 ORIGINALS』  (2000, 10/15, 埼玉県深谷市 ホール・エッグファーム)

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ソプラノ1本による完全ソロ演奏。

レイシーのエリントン解釈の到達点、というよりも、修行中の経過報告のように聞こえる作品。

少し長くなるが、晩年のレイシーがエリントンについて語ったコメントを引いておく。

 

I was invited by the San Francisco Jazz Festival, to play a solo concert in Grace Church Cathedral, during the '99 Ellington Anniversary Celebrations.

 

Duke Ellington was my first inspiration in jazz, and he will surely be my last one, as well. His music is so vast, and so interesting, that it is not easy to make a selection for a single concert. Also, some of his compositions are better suited to saxophone solo performance than others. However, I boiled them down to arrive at a certain distillation of the many parts of the scores. The vivid colours of the original Ellington band versions of these pieces led me to experiment with some techniques which I had not previously used to that extent: polytones, growls, smears, kisses, extreme glissandi, etc. After long consideration, trial, practice, reconsideration, performance, this sequence ーwhich I call 《10 of Dukes》 ーevolved into its present form, which I have played in San Francisco, and, over the next couple of years, in theatres, clubs and churches in France, Italy, Germany, Belgium and U.S.A.

 2001年6月のインタヴュー(ライナーノーツ収録)。

 

オリジナルのエリントンオケのサウンドに触発されて、サックス奏法上の実験を行っている旨が語られており、レイシーにとってエリントンが研究材料であったことがわかる。晩年でも研究を続ける姿は修行僧のよう。

 

芸術家は「処女作に向かって成熟しながら回帰する」。

シドニー・ベシェとはずいぶん違う姿になったが、レイシーも自分のエリントンにたどり着いたのだ。

 

Duke Ellington was my first inspiration in jazz, and he will surely be my last one, as well.

私が初めてジャズのインスピレーションを受けたのはデューク・エリントンからだ。同じように、最後のインスピレーションを受けるのも彼からだろう。

 

スティーブ・レイシーはモンクのモンク(修道僧)だっただけではなく、エリントン・ラヴァーでもあった。頭の片隅にでもとどめておいてほしい。

 

 

 

*1:  PARIS BLUES: Paris has been a "MOTHER" to me, but I still get the blues, and my favorites are by Ellington (and Mingus). Gil did not know this one before, but after brooding uponit for a few hours, we came up with halfway decent reading of it.