Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

「黒人教会歌手」マヘリア・ジャクソン版の『Black, Brown & Beige』。(野口久光氏)

さて、野口久光氏のエリントン紹介に戻ろう。

ただ、字数の制限があったせいか、少し言葉足らずな解説なので、紹介文の紹介後にいくつか。 

Black Brown & Beige

Black Brown & Beige

 

 

『黒と褐色と灰褐色』 

    デューク・エリントン楽団とマヘリア・ジャクソン(Columbia)
 エリントンはこれまでに多くの演奏会のためのジャズ管弦楽曲ともいうべき作品をいくつも書いているが、この曲は彼の代表的なコンサート・ワークといえよう。この曲が書かれたのは一九四二年、翌年一月にニューヨークで初演され、二年後に一部がレコードに吹き込まれたりしたが、完全な形でLP化されたのはこれが初めてのはずである。数世紀前アフリカからアメリカに送り込まれたいわゆるアメリカ黒人の歴史を物語る作品で、虐げられた彼らの生活が、南北戦争以後次第に自由を得てきたその過程、彼らの敬虔なクリスチャニティがこの一作に織り込まれている。エリントン独特の卜ーン・カラー、ジャズの手法、ソロの適切な配置によってこの作品は常識的なジャズ以上の高い音楽性と作品的意義をもっている。全体が六つの楽章に分けられ、三部までは純音楽的なもので、第四部「カム・サンデイ」と第六部の「聖歌二十三番」はヴォーカル楽章になっている。このパートを受け持つのが有名な黒人の女性教会歌手マヘリア・ジャクソンで、その声の迫力ある美しさ、心こもる表現、風格からいってこの作品に誰よりもふさわしいひとであり、まさしくきく者を感動させずにおかぬものがある。デュークのオーケストラは通常の編成でレイ・ナンス(vn)、ハリー・力-ネイ(bs)、ジョニー・ホッジス(as)、ハロルド・ベイカー、キャット・アンダーソン(tp)、クェンティン・ジャクソン、ジョン・サンダース(tb)、などの奏者が入っていることはいうまでもなく、それらのソロもスポットされている。
 ジャズのイディオム、手法、感覚によってつくられた最も高い作品であり、デュークのさきに出した『ドラム・イズ・ア・ウーマン』とともにジャズの金字塔をなす傑作曲である。録音も新しく非常にきれいに録音されている。今月といわず、今年のジャズの最良のひとつとして残るものであろう。
                 (『レコード藝術』59年6月号)

 

出典はいつものこれ。 

f:id:Auggie:20170501051358j:plain

野口久光ベストジャズ(1)

野口久光ベストジャズ(1)

 

 

さて、これはいつになく時代を感じてしまう文章だ。

まず、アルバムタイトルがすごい。「黒と褐色と灰褐色」!

 

まあ、そのとおりなんですけどね。そうか、59年当時は「ブラウン」は「褐色」、「ベージュ」は「灰褐色」という訳語が市民権を得ていたのか。というか、「灰褐色」という言葉が通用していたのか、と、ヘンなところで感心してしまった。しかし、古くから日本には和色として、「浅葱色」や「常磐色」などの多様な色が存在し、時代とともに呼び名も変化していったのだ。驚くには値しないことなのかもしれない。…って何の話だ。

他にも、「黒人教会歌手」とかもびっくりした。ゴスペル歌手、ゴスペル・シンガーのことだよね。

 

野口氏の一連の文章は、当時、メディア状況が不便だった時代の紹介文として読んでるので特にケチを付けるつもりはないのだが、どうしても付け加えておきたい点が2つある。

 

1つめは作品タイトルの解題について。

「ブラック」「ブラウン」「ベージュ」とは、もちろんアフリカ大陸から強制的に連れてこられた人々の肌の色を指している。「ブラック」が「ベージュ」へと色が薄くなっていくのは、世代を経て黒人と白人の文化が混合していくことの比喩であり、とりあえず、エリントンの試みはこの歴史の音楽的表現であることは間違いがない。

ただ、この「色が薄まっていった状況」を悲劇として表現するならば話は早いのだが、コトはそう単純ではない。エリントンは、始まりこそ悲劇であったが、この一連の過程を壮大で有意義な文化的な出来事として、重要な「混淆」の叙事詩を創り上げた。そしてこの文化的混淆こそ、晩年の『Afro-Eurasian Eclipse』まで続く、エリントンが終生追求したテーマであった。

 

Afro Eurasian Eclipse

Afro Eurasian Eclipse

 

 

黒人が自分たちの歴史について語るのであるから、誰にも文句は言わせない。エリントンは、被差別人種の歴史というテーマでジャーナリズムの注目を集め、しかも安全地帯から自分の思うように音楽を創ることができた。創り上げた音楽は、まさに混淆そのもの。ヨーロッパ的な和声理論をベースとしていながら、プレイヤーの個性に大きく依拠したハーモニー、土着的なリズムを土台とした西洋楽器/構成・形式を利用した音楽。エリントン・オーケストラのハーモニーは、40年代の時点でひとつの完成形を示した。それは疑いのない事実だ。

「Black, Brown & Beige」というタイトルには、このような意味が凝縮されている。この点について、もう少し言及してくれてもよかったのではないか。

 

 

2つめ。

それは、この作品が15年前のリターンマッチであること。この音源の録音は58年の2/4-5、11-12だが、野口氏が書いているように初演は42年。その翌年の43年にクラシックの殿堂、カーネギー・ホールで上演したのだが・・・これが大コケに終わってしまう。

少なくとも、批評家ウケが悪かった。38年のベニー・グッドマンのジャズによるカーネギー・ホールの「初乗っ取り」が大成功に終わっただけに、エリントンにはショックだったに違いない。このときの雪辱を果たすため、マヘリア・ジャクソンとともに臨んだのがこの作品なのである。エリントンのねらいどおり、今度は批評家にも評価され、世間的な知名度ルネッサンスを迎えることになる。

 

ふと考えてみると、この58年という時期はエリントンの人生で最も多忙、かつ充実していた時期かもしれない。作品群を時系列で並べてみよう。

 

56年での劇的な復活。

コンプリート・アット・ニューポート1956+10

コンプリート・アット・ニューポート1956+10

 

 

57年はテレビ・ミュージカル『A Drum is a Woman』上演。

A Drum Is a Woman

A Drum Is a Woman

 

 

同年、カナダのストラトフォード・フェスティバルで『Such Sweet Thunder』上演。

Such Sweet Thunder

Such Sweet Thunder

 

 

そして58年はイギリスに渡り、エリザベス女王に謁見。

翌59年、『女王組曲』を録音し、2枚だけプレスして1枚を女王陛下に献上、もう一枚は「自宅用」。

このような状況でマヘリア・ジャクソンとの録音が行われたのだった。*1当時の勢いからすれば成功は約束されているようなものだし、メディアも追い風となっていたことだろう。

 

ここまでこんなことを書いておいて言うのも何だが、ただ、管理人はマヘリア・ジャクソンとのコレよりも、15年前に録音されたこちらの方をよく聴く。

エリントンが1944年から46年にかけてビクターに録音した音源を集めたCD3枚組の編集盤。*2

Black Brown & Beige

Black Brown & Beige

 

 

44年時点での「Black, Brown and Beige」抜粋。ただし、このタイトルはいくぶんmisleadingであり、抜粋はCD3枚組のうち1枚めの6曲のみ。そのほかは「Caravan」「In A Sentimental Mood」などのエリントン・スタンダードや「香水組曲」などの当時のレパートリーが収録されている(瀬川氏が推薦するボーカル3人娘による輪唱バージョンの「It Don't Mean A Thing」も収録!)。

 

官能的なブルースに満ちた世界。

マヘリア・ジャクソンのような1人の歌い手にフォーカスしてないせいか、オーケストラ全体のサウンド、ハーモニー表現が充実している。

エリントンの戦前音源は、しばしば「27-34」「40-42」「44-46」という区切りで編集され、それぞれ、「第1期コットン・クラブ時代」「ブラントン・ウェブスター・バンド時代」「ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ」などと呼ばれてきた。

この3枚組を聴いていると、40年代こそエリントンの全盛期である、という意見に素直に頷いてしまいそうになる。

 

『Black, Brown & Beige』というと、マヘリア・ジャクソンのスタジオ盤の方ばかりが話題に上るが、オーケストラ全体の完成度ではこちらの方が深みがあるのではないか。

管理人は密かにそう考えているのである。*3

*1:訂正前は「カーネギー・ホールでのコンサートだったのだ。」コメント欄、tas1014さんのご指摘を受けて訂正します。以下、補足・訂正箇所あり。

*2:前注続き。tas1014さんの指摘により補足します。

*3:さらに前注続き。tas1014さんの指摘により、以上は大幅に書き直した。tas1014さん、ありがとうございます!

書き直し前は以下の通り。

「実にCD3枚組の大作。

3枚のすべてに官能的なブルースがあふれている。

マヘリア・ジャクソンのような1人の歌い手にフォーカスしてないせいか、オーケストラ全体のサウンド、ハーモニー表現が充実。この3枚組を聴いていると、40年代こそエリントンの全盛期である、という意見に素直に頷いてしまいそうになる。

『Black, Brown & Beige』というと、マヘリア・ジャクソンの方ばかりが話題に上るが、実は全体的な完成度ではこちらの方が勝るのではないか。

管理人は密かにそう考えている。」