やあ、君もここに来てたのか。
少し時間ができたから、ここでコーヒーを飲みながら音楽聴こうと思って。
で、何聴いてるの。ん、 当ててみろって? いまどき、そういうブラインド・フォールド・テストなんて流行らないよ。ま、たまにはいいか。―――うん、エリントン・カバー集かな。ギターもメンバーに入ってるね、誰だろ。……え、弦楽器もいる! バイオリン? いや、チェロか。ああ、わかったわかった。この前君にオススメした、チコ・ハミルトンのエリントン曲集でしょ。
ほら、正解、正解。あれ? なんでそんなに機嫌悪いの。 このギター、ジム・ホールだし、サックスもバディ・コレット。悪くないよね、これ。わたしもたまに聴きたくなるんだ。「ドルフィーがいないじゃないか!」って、そりゃそうだよ。これにはドルフィーは演奏してない。言ったじゃないか。チコ・ハミルトンには2枚のエリントン・カバー作品があるって。ドルフィーが入ってるのは「The Original」の1枚目。ジャケットも似てるから注意しろ、まで言ったはずだぞ。ドルフィーのエリントン集と聞いて興奮しちゃって、ちゃんと聞いてなかったんだろ。

The Original Ellington Suite (feat. Eric Dolphy)
- アーティスト: Chico Hamilton Quintet
- 出版社/メーカー: Blue Note Records
- 発売日: 2003/03/03
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このジャケット、ホント似てるよなあ。 「The Original」が入ってるくらいしか違いがないぞ。
経緯を整理しておくと、チコ・ハミルトンは58年の8月22日、ドルフィーとエリントンカバー集を録音した。しかし、この録音をそのまま発表することをよしとしなかったハミルトンは、翌59年にもう一度エリントン曲集を録音する(1月19日、22日)。当時発表されたのは59年の方。
なぜドルフィーが入ったテイクを使わなかったのかはわからない。わたしも少し気になってきたから比較してみようか。
【メンバー】
『The Original』
Chico Hamilton - ds Eric Dolphy - as, fl, cl
Nathan Gershman - cello John Pisano - guitar Hal Gaylor - bass
『Ellington Suite』
Chico Hamilton - ds Paul Horn - as, fl Buddy Collette - ts, as
Fred Katz - cello Jim Hall - guitar Carson Smith - bass
同じなのはドラムだけだね、ってそりゃ当たり前か、リーダーがドラムなんだから。59年の方は、リード楽器を1人増やしてバディ・コレットが参加した、と。収録曲もみてみよう。曲順が変えてあるからわかりにくいけど、ほぼ同じだ。後から59年に「A列車」を加えただけ。
【収録曲】
『The Original』
1 In A Mellotone
2 In A Sentimental Mood
3 I'm Just a Lucky So-and-So
4 Just A-Sittin' and A-Rockin'
5 Everything But You
6 Day Dream
7 I'm Beginning to See the Light
8 Azure
9 It Don't Mean a Thing
『Ellington Suite』
A1 Take The "A" Train & Perdido
A2 Everything But You
A3 I'm Just a Lucky So-and-So
A4 Azure
A5 I'm Beginning To See The Light
B1 In a Mellow Tone
B2 Just A-Sittin' and A-Rockin'
B3 In A Sentimental Mood
B4 Day Dream
B5 It Don't Mean A Thing
とりあえず、データからうかがえるのは、ハミルトンは『The Original』の録音では何かが足りない、と感じたことだね。
メンバーも代えて同じ曲を録音した理由は色々言われているみたいだけど、わたしはドルフィーの個性が強すぎたからだと思う。それがハミルトンの求めるところと違った、と。ちょっと『The Original』の方を聴いてみよう。
・・・う~ん、素晴らしすぎる! いきなりのダブルタイムで始まる「In A Mellow Tone」のフルートソロにやられちゃう。あらためて、なんでこれを発表しなかったんだろ? ってなるなあ。
思うに、「迫力、勢いがありすぎてこれじゃ売れない」と考えたんじゃないかな、ハミルトンは。だから録音しなおした、と。そう考えると、「A列車~パーディド」なんて超有名&キャッチー曲を新たに録音して、それをA面1曲目にもってきたのも頷ける。「ドルフィーが目立ちすぎてリーダーのオレが食われそうだ」なんてつまらない考えじゃない、だろう。
それにしても、この録音が2000年までお蔵入りしてたなんて信じられないね。発掘されて本当によかった。ハミルトンは色々と考えた末にメンバーを総入れ替えして新規録音を行い、そちらの音源を発表したわけだけど、50年以上経ったいま、どっちの『Ellington Suite』が人気を集めているか、といったら絶対ドルフィーが参加してる『The Original』の方だろう。これが「歴史が評価する」というやつだ。ドルフィーの方が作品を遠く投げる力があった、ということなのだろう。
ただ、この『The Original』、紛らわしいから注意しなよ。君は一度失敗しないからもう大丈夫だと思うけど、いま話した経緯を含めて、とにかく紛らわしいからね、この2枚。なにしろ、録音したのは1枚目の方が先だけど、発表されたのは2枚目の方が先。ドルフィーが入ってるのは58年の1枚目で、バディ・コレットが入ってるのは2枚目だけど、2枚目なのはドルフィー。
…こんな風に、「1枚目/2枚目」なんて言い方すると絶対混乱するよ。
売る方もこの混乱を避けるために苦労してる。この『The Original』はジャケ違いがいくつもある。ジャケ/発売元は違ってても、内容は同じだから焦って手を出さないように。
その意味で、これはひどいよなあ、やっぱり。間違えるなという方が無理だよ。

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これと比べれば、まだこちらは親切。いま話した経緯を踏まえた上での、発掘しましたよ、既発のものとはちがいますよ、というメッセージが聞こえてくる。

- アーティスト: チコ・ハミルトン,ジョン・ピサノ,ハル・ゲイラー,ネイト・ガーシュマン,エリック・ドルフィー
- 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
- 発売日: 2000/11/22
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いっそのこと、新しい1枚です よ、と言ってくれた方が楽かもしれない。そんなコンセプトで作られた(であろう)のがこれ。

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いやいや、みんな聴きたいのはドルフィーなんでしょ? じゃあ、もっとわかりやすくしようよ。
その通りだけど、こりゃやりすぎだろ! リーダーが誰かもわからないよ、これじゃ。繰り返しになるけど、この4枚は全部同じ内容だから、焦って手を出さないように。忙しい日常の中で時間を作ってでも聴く価値のある一枚だけど、手に取るのは1枚で十分。4枚も同じ音源を手に入れる必要はない。
ちなみにドルフィーのエリントンカバーといえば、こんな作品もある。
この中で「Come Sunday」をバスクラで演奏してるんだけど、ベースにテーマを弾かせて、自分はパーカッション的なアクセントやベース、メロディなど、実に自由な振る舞いをしている(この曲はデュオ演奏)。63年の録音、さすが全盛期といったところなのだ(ちなみにこの作品、ウディ・ショウの吹き込みデビュー作らしい。こんな情報は本当にトリビアだなあ)。
さて、この『Ellington Suite』の件がどれだけ影響を及ぼしたのかはわからないけど、ドルフィーはチコ・ハミルトンの元を離れることになる。次のリーダーはミンガス。ここでもエリントンとの付き合いは続く。なにしろ、ミンガスバンドに入って、すぐに参加したのが『Pre-Bird』で、「A列車」と「Do Nothing Till You Hear From Me」を録音したのだから。ドルフィーはミンガスからコルトレーン、さらに独立してヨーロッパへ旅立つわけだけど、一番相性がよかったのはミンガスだと思う。ハミルトンからミンガスへ。いい移籍だったよ。
ミンガスとエリントンについては、前に話したことがあったっけ。
長いこと話し込んじゃったな。というか、わたしが一人で話し続けたのか。
本当はここでずっと君と話し続けていたいとこなんだけど、そうもいかないんだ。
また来るよ。じゃあね。