Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

『極東組曲』、この素晴らしき傑作を。

 とうとうこの1枚を紹介する日がやってきました。

 といっても、野口氏の紹介文に乗っかる形なので、ほんのさわりだけですが。

 

FAR EAST SUITE

FAR EAST SUITE

 

  

極東組曲 
     デューク・エリントンRCA
 64年、66年と二度来日したデューク・エリントンが、日本のステージでもその一部を演奏して感銘を残した、数回にわたる彼の東洋演奏旅行中の印象に基づいた九曲をまとめた『極東組曲』が、昨年暮れ吹き込まれ、日本盤の発売となった。その大部分は63年のインド、イラン、レバノン、トルコ、セイロンヘの演奏旅行中の印象から生まれたもので、「アドリブ・オン・ニッポン」は64年来日の時の産物である。日本や東洋諸国の印象といった曲を発表した作曲家やジャズメンはかなりいるが、ひとりよがりのオリエンタル・ムードで悦にいったり、外交辞令、商魂丸出しのものが多い。そういう例を考えると、このエリントンの組曲は、対象にした国のスケールや楽器の音色をもじったり、借りたりは一切していないし、ジャズの手法で書かれた印象音楽としてはるかに次元の高いオリジナルな音楽である。日頃エリントンがいっているように彼は彼が楽器と考えている彼のオーケストうの能力や個性、ソロイストたちのもつ力量、色彩を画家のパレットや絵具のように駆使してエリントン自身のタブローに仕上げている。どの楽章をきいても百パーセント、エリントン・カラー、エリントン・サウンズそのものであり、しかも素材となっている情景、情緒が目に浮かぶのである。九曲のなかでは11分を越える「Ad Lib on Nippon」がユニークである。エリントンのピアノがいかにも古風だという説が間違っていることをこの曲がなによりも証明している。エリントンのコンセプションは時に前衛的であり、ピアニストとしてもモンク以降のモダニスト、アヴァンギャルディストヘの影響が見てとれるのである。この曲のジョン・ラム(b)、ジミー・ハミルトン(cl)もすばらしい出来だ。ともあれ古き日本と現代の日本との交錯が見事に描出されている。他の曲は概してリリカルな作が多いが、それぞれ異なった曲趣と音楽的品位が感じられる佳曲であり、それぞれの曲にフィーチャーされたソロイストの活用も絶妙といいたい。「Isfahan」「Blue Pepper」のジョニー・ホッジス、「Bluebird of Delhi」のハミルトン、「Agra」のハリー・カーネイ、「Tourist Point of View」「Mount Harissa」のポール・ゴンザルヴェス、それに同じく「Mount Harissa」「Amad」のデューク自身、みな曲のイメージを奔放に歌い主役の貫禄も申し分がない。ジャズ組曲と銘打たれた曲のなかでもこれほど独創的で音楽的に充実した作品は稀である。エリントンのコンサートーワークとして『シンフォニック・エリントン』以来の傑作であり、エリントンの健在を実証するものである。

             (『レコード藝術』67年10月)

 

エリントンに関しては野口氏のレビューはいつも大絶賛なのでわかりにくいのですが、この作品は真の名作です。

……エリントン、ちょっと聞いてみたいんだけど、何から聴いたらいい? とわたしに声をかけてくれる人には、大体この作品をオススメしています。それはすでに本館で書いた通り。

 

 

本館でも書きましたが、このアルバムは、1968年のジャズアルバム賞・大規模アンサンブル部門を受賞しました(Best Instrumental Jazz Performance – Large Group or Soloist with Large Group)。 しかし、これは決して年功序列的な、名誉勲章的なものではありません。それは少し聴いてもらえればわかります。

このアルバムは多方面から語りたくなる作品で、ジャズ史、エリントン研究、そのいずれの意味でもまだまだ語り尽くされていない作品だと思っています。

 

まず、ジャズ史の意味でいうと、この作品はエリントンにしては珍しく変拍子が意識されている組曲です。ただ、とても「ポリリズム」とはいえないレベルで、in 4/4 と3/4 を往復するとか(「DEPK」)とか、変なところにアクセントが入るとか(Bluebird of Delhi)、完全無音のブレイクが入るとか、そんな程度なのですが。それでも浴びるようにジャズを聴き始めたわたしにとっては刺激的だったのでして、では、当時のリスナー、ミュージシャンはどう思ったのか、とか。レコードだとB面の1曲目という重要なポジションに、無防備にアホみたいな8ビートのブルースのソロ回し曲が位置されているけど、そんなに当時ジャズロックの影響は強かったのか、とか(学生時代(20世紀末)、このBlue Pepper が始まるたび、われわれは「アホや~!」と笑い転げていました)。

 

次にエリントン研究。

一般的に言うと、ストレイホーンの死に始まるエリントニアンの死/離脱によって、エリントンはガックリと気を落とし、創作意欲も落ちたり、クオリティも変質/下落した。そんな風に語られます。この作品もそんな文脈で語られることが多いのですが、ストレイホーンの死は67年5月で、この作品の録音は66年12月の19-21日で半年以上前。なので、少なくともこの作品は、そのいわゆる「晩年の失意」とは切り離して考えるべき? とも思われ、最晩年の民族音楽に接近した芸風から考えると、実はメンバーの死や原点回帰とは無関係に、すでにこのあたりから音楽に関してワールドワイドな展開を考えていたのではないか、などの仮説がボコボコ浮かんできます。

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最後は逆に視点を拡大して、文化史レベルの話。

ここでエリントンが題材にとっているのは、いわゆる第三世界。これまでのエリントンの興味は、「Liberian Suite」などの例外はあるものの、原則としてテーマは欧米文化。それがここにきてこんなテーマを扱うのは、どういう心境の変化なのか。そして、この作品は本当に「ひとりよがりのオリエンタル・ムードで悦にいったり、外交辞令、商魂丸出しのもの」となることから免れているのか。また、そんなに自信満々に「対象にした国のスケールや楽器の音色をもじったり、借りたりは一切していない」と言えるのか。むしろ、「Ad Lib on Nippon」のクラリネットは尺八を意識したものじゃないの?

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…などなど。

こんなの、まだまだ序の口です。とりあえず今日のところは、このブログでこの作品を紹介できた、というところでやめておきましょう。

そして、この『極東組曲』で、野口久光氏の『ベスト・ジャズ』第1巻が終わりました。次回からは第2巻です。

 

Far East Suite [12 inch Analog]

Far East Suite [12 inch Analog]