Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

小西康陽 Digs エリントン。(2)

前回に引き続き、小西康陽のエッセイから。

 

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

 

 

言わずもがなだけど、このエッセイって、Mr. J.J.のアレへのオマージュだよね。

 

 

小西康陽氏はエリントンには興味が無いわけではない。

akikoをプロデュースした作品でエリントン曲をカバーしていたり、さらに「『First Time !』はお気に入りのアルバムだ」なんてことをエッセイで書いてたりする、なんてことを前回のエントリで述べた(あと、須永辰緒氏とエリントンについても少しだけ)。

 

Little Miss Jazz And Jive

Little Miss Jazz And Jive

 

 

ファースト・タイム+7

ファースト・タイム+7

 

 

今回は、 小西氏の同じ本の別の箇所で『First Time!』について語られているところを引いてみることにする。

 

 この間、ぼくのまったく知らないある大学の助教授の、その御令嬢という方から、ぼくの事務所宛てに連絡があった。

 何でもその助教授は一週間ほど前に亡くなって、遺された手帖に名前の書いてあった人にとりあえず連絡を取っている、ということだそうだ。けれどもぼくのほうはその人の名前にまったく心当たりがない。そうしてその夜は見たことも聴いたこともない、まして一度も会っているはずのない死者について、しばらく思いをめぐらせてしまった。

 ある雑誌にも書いたのだが、今年は有名人が多く死ぬ年のように思える。大きな戦争や飢饉や疫病が大流行するというのでもなければ、毎年死者の数など大きく違ったりしないはずだが、有名人の数が多いと、それだけ死者の数も増えているような気がするし、まるで死が身近に在るようにさえ感じられる。

 ところでこのディクショナリーが出した「セレクション」という単行本がこの間送られてきて読んでいたら、アンケートのページにぼくのも入っていて、最後の”自分の人生を音楽にたとえるとしたら?”という質問に対して、カウント・ベイシー楽団(スペルに誤植があったけれども)「コーナーポケット」という曲を挙げている。

 でもこれは正確にはちょっと違う。「ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド(Jumpin' at the Woodside)」とか「リル・ダーリン(Li'l Darlin')」とかベイシー楽団にはオハコのレパートリィが数多くあって、その中でもこの「コーナーポケット(Corner Pocket)」は快活でダイナミックでやるせなくて、とにかく大好きな曲だ。あのビッグバンドの名物男で、どんなことがあってもリズムに徹して、たとえスポットライトが当たっても絶対にソロを弾かずに、そのことで笑いさえ取ってしまうギタリスト、フレディ・グリーンが書いたこの曲、題名はたぶんビリヤードのゲームから取ったほんの思い付きに違いないし、そこがまたベイシー・バンドらしいユーモアになっていると思う。

 ところがこの曲、やがてその親しみやすいメロディに歌詞が付けられて歌われるようになり、そのときに付けられた新しいタイトルは「アンティル・アイ・メット・ユー(Until I Met You)」つまり、あなたに会うまでは、というような普通のラヴソングになった。

 ぼくが初めてこの曲を知ったのも、その新しいほうのタイトルでクレジットされていた、ベイシー楽団対デューク・エリントン楽団の夢の共演盤「ファースト・タイム」というアルバムだったはずだ。

 右のスピーカーからはエリントンの、左のスピーカーからはベイシーのバンドが演奏を聴かせる。という馬鹿馬鹿しい企画盤だったが、まるでスタジアムでワールドシリーズを見ているような、豪快なサウンドが大好きで、友達が来てビールかなんか飲み始めると、出来上がった頃にはいつもそのレコードをかけて、そして何か下らないことを言っては大笑いしていたような気がする。たしか新宿の厚生年金会館に友達とベイシー楽団を聴きに行ったときも、この曲でやたらと盛り上がった記憶がある。そのときはベイシーもフレディ・グリーンもまだ生きていた。


 たしかその頃「オレが死んだら葬式で絶対この曲をかけてくれ」とよく言っていた。だから正確には″自分の人生の最期を締めくくるなら”この曲ということになる。酔うとやたらナルシスティックになるタイプ、ですね。   
(個人広告(92頁))

 

これを読んだときは驚いたね。

というのは、この「Corner Pocket」は管理人も大好きな曲だけど、この曲を知ったのは小西氏と同じくこのアルバムで、だから管理人は長いことこの曲を「Until I Met You」という名前で覚えていたから。このアルバム、たしか中学生か高校生の頃に再発されていて、ジャズ好きな父親がひょいっとおみやげで買ってきた。一発でヤラれてしまって、「Until I Met You」と、ラストの「Jumpin' at the Woodside」ばかり聴いていた覚えがある。

このアルバムについての小西氏の「野球を観ながら」とか、「ビールを飲みながら」という印象はここから来ているのか。たしかに1曲めの「Battle Royal」から祝祭感は満点。右スピーカーがエリントンオケ、左スピーカーがベイシーバンド、と振り分けられているのもゴージャス、かつ、単純に聴いてて楽しい。ステレオ・システムのチェックにも便利。実際、管理人はステレオ・チェックにはこのアルバムを使っている(サラウンドには『First Time!』、解像度には『女王組曲』がベスト)。

 

ただ、「馬鹿馬鹿しい企画盤」というのには、少しだけ説明を加えたい気がする。

この作品の録音は、61年の7/6-7の2日間で行われた。翌62年の『Money Jungle』に始まり「63年2月の奇跡」へと続く「異種格闘技戦」のことを考えると、この作品はその露払いとしての1枚、と考えることもできるのではないか。

 

 

さらに付け加えておくとこの作品のプロデューサーはテオ・マセロ。5月に録音したマイルスのカーネギー・ホールのライヴ編集をしてた頃。妄想だけど、この編集、マイルスの編集よりもずっとラクで楽しい作業だっただろうなあ。

 

 

今回の一連のエントリを書くきっかけになった、Tomlinsonさんの記事にもあるように、『First Time ! (+7)』のボーナス・トラックは蛇足、だろう。初めてこの作品を聴く人にとっては蛇足以外の何物でもない。

タイトルの (+7) が余計。やっぱり、この作品の終わりは「Jumpin' at the Woodside」でのミュージシャンの全員の大咆哮のあとに響く、ピアノの低いBフラットじゃないと。

トゥッティの後の静寂に響くピアノ。あの余韻がいいのである。

 

ただ、この(+7)のボートラ盤は、1962年のオリジナル・ライナー(ジョージ・T・サイモンとスタンリー・ダンス)に加えて、アーロン・ベルの回顧インタビュー(1998年)、再発プロデューサーのフィル・シャープによる解説(1998年)と、録音時の資料が実に充実している(おなじみのエリントンとベイシーの2ショットに加え、ハリー・カーネイとマーシャル・ロイヤルの2ショット、談笑するポール・ゴンザルヴェスとバド・ジョンソンの写真を撮るベニー・パウエルの3ショットまである!)。 

 

とりあえず、この本での小西氏のエリントンへの言及はこれくらい。

小西氏もエリントンを愛するアーティストの1人であり、特に「『First Time !』推し」であることが確認できただけでも大収穫だ。

「Corner Pocket / Until I Met You」の件なんて、なかなか理解してくれる人がいなくて寂しく思っていたところだった。 

 

ただ、小西氏はエリントンを愛するアーティストの1人であることは間違いなさそうだが、同時に、エリントンは小西氏にとっては好きなアーティストの1人、でしかないのかもしれない。

 

ドカーンとしたビッグバンドの瞬発力、という意味では、エリントンよりもベイシーの方が好みのような。エッセイでもフレディ・グリーンなんて4つ切り職人/グルーヴマスターの名前も挙げてるしね。

フレディ・グリーンって、小西氏にとっての理想っぽいのだ。

 

インタヴュー嫌い

ベース

 ベースがもっと上手に弾けたら、ぼくの人生はもっと幸福になっていた気がします。すごく良い曲を書いて、歌もギターもとても上手なシンガー・ソングライターがいたとして、そんな奴の隣でベースを弾いてコーヒーハウスで演奏したり、ときどき旅に出たりする人生。これが理想だったのだけど。  (159頁、リラックス2001年7月号)

 

ギター・ソロなんてもってのほか。バンドをグルーヴさせるため、ひたすら4つ切り。で、この4つ切りが素晴らしいんだよね。ベイシーバンドのグルーヴの原動力はベースでなくギター。4つ切り職人です。 なにしろ、リーダー作でも普段と同じく4つ切りに徹してるんだから。

 

Mr. Rhythm

Mr. Rhythm

  • アーティスト: Freddie Green,Henry Coker,Al Cohn,Nat Pierce,Milt Hinton,Jo Jones,Osie Johnson,Manny Albam,Ernie Wilkins
  • 出版社/メーカー: Fresh Sounds
  • 発売日: 2011/04/19
  • メディア: CD
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このアルバム、たしかどこかで村上 "PONTA" 秀一師匠が薦めていた1枚(1曲だけ、イントロでメロディ弾いてます)。

 

リズム・ウィリー

リズム・ウィリー

 

(こちらは完全にリズム・ギター職人として参加)

 

小西氏のコメントにある、「どんなことがあってもリズムに徹して、たとえスポットライトが当たっても絶対にソロを弾かずに、そのことで笑いさえ取ってしまうギタリスト」というくだりは、例えばベニー・グッドマンのこのコンサート。

 

 

これのCDⅠ、#14の「Honeysuckle Rose」はジャム・セッション。グッドマンバンドのメンバーだけでなく、ベイシーバンドのメンバーやエリントニアン(ハリー・カーネイ、ホッジス、クーティが参加)も入り乱れてソロ回しをするんだけど、フレディ・グリーンにも何度か順番が回ってくるが、絶対にソロは弾かない。ひたすら四つ切り。90年代のリマスタリング盤では、ここのところの4つ切りがわざと大きい音で編集してるけど、これってグリーンへのツッコミだよね。後年は観客のウソの笑い声も重ねられたりして。

 

 

さて、小西氏はもしかしたらあまりエリントンに接する機会がなかったのかもしれない。レコード人の小西氏のことだ、聴いてもらえれば特異なエリントン・サウンドを気に入ってくれてるはず。それなのに、小西氏にとってエリントンが数あるアーティストの1人でしかない、ということは、そう考えないと辻褄が合わないじゃないか。

 

そこで、ここで勝手に小西氏に気に入ってもらえそうなアルバムを挙げておきたい。

 

まずはベイシー。ベイシーならこれしかない。

 ジャケットのモンド感がすごい。 

 

Basie Meets Bond ('65, 12/22-31)

Basie Meets Bond

Basie Meets Bond

 

 

「007のテーマ」「ロシアより愛をこめて」「ゴールドフィンガー」 などの007シリーズおなじみの曲をベイシーバンドがカバー。そしてジャケットがこれとあれば、レコード人なら買わない選択肢はありません。

 

《レコード人のためのリンク》 

Basie Meets Bond

Basie Meets Bond

 

  

エリントンオケはこれ。

 

Duke Ellington Plays Mary Poppins ('64, 9/6, 8. 9)

Duke Ellington Plays Mary Poppins by Duke Ellington (2005-05-03)

Duke Ellington Plays Mary Poppins by Duke Ellington (2005-05-03)

 

 

全曲メリー・ポピンズ

「チム・チム・チェリー」「眠らないで(Stay Awake)」*1「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(Supercalifragilisticexpialidocious)」などなど!

特にポール・ゴンザルヴェス大フィーチャーのスーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(Supercalifragilisticexpialidocious)」はぜひ聴いてほしいですね。

 

以上、小西氏とエリントンの関係。

1冊のエッセイ集でずいぶん楽しめた…で終わりたいところだったけど、もう1つだけ、書いておきたいことがある。

それについては次回で。

 

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

 

 

*1:「眠らないで」はハル・ウィルナーのディズニーカバー集のタイトルにもなっていた。この曲、非凡な才能を惹きつけるなにかがあるのだろう。