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Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

ルー爺は言った。「これ、『SIDE BY SIDE』? それとも『BACK TO BACK』?」

前回に続き、ミュージシャンのインタビューを。

小川隆夫氏のこのインタビュー集、実に面白いです。

 

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

 

 

今回の1枚はこれ。

オーケストラではなく、エリントンとホッジスのコンボ作品。 

ルー・ドナルドソンはどう聴いたのか。

サイド・バイ・サイド

サイド・バイ・サイド

 

 

ルー・ドナルドソン(1926-, as)

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 なんといったっけ、このアルバムのタイトル? 『バック・トゥ・バック』(ヴァーヴ)か『サイド・バイ・サイド』のどちらかだ。デュークとホッジスの写真が使われているジャケットだと思うが、わからなくなってしまった。同じような内容だし、どちらかに間違いはない。

 わたしはチャーリー・パーカーからの影響を受けているといわれる。ところが彼の演奏は聴いたことがなかった。あんまりいろいろなひとにいわれるものだから、試しに聴いてみたら、たしかに似ていた。理由は、どちらもホッジスの影響を受けていたからだ。(98年)

 

「『SIDE BY SIDE』『BACK TO BACK』、どっちがどっちだっけ?」

ルー爺、よくぞ言ってくれた! みんなそう思ってるよ。

 

あまりに似ているこの2枚、どっちから買えばいいか迷って困っている人、

または、ルー爺のように突然この2枚の内どちらかを聞かされて、「どちらか当てろ」

と尋問されるのが心配な人は、これを持っていれば大丈夫。

Side by Side / Back to Back (Bonus Track Version)

Side by Side / Back to Back (Bonus Track Version)

 

 

この2枚組を編んだ人も、絶対に尋問されるのが心配だったに違いない。 

「似てるんなら、まとめちゃえばいいじゃん!」…イージーな発想だが、これで問題解決。

 この発想をさらに一歩進めると、こんな編集盤もできてしまう。しかしこれはやりすぎだろう。まとめすぎて、コンセプトがよくわからないぞ。

Plus-Back to Back / Side By Side / Duke Meets by Duke Ellington (2013-05-03)

Plus-Back to Back / Side By Side / Duke Meets by Duke Ellington (2013-05-03)

 

※ Bouns Trackは、

 『Side by Side』の「+6」は『Not So Dukish』('58, 9/10) から、

 『Back to Back』の「+9」は『Blues in Orbit』('58, 2/4, 12)から選ばれている。

  この選曲、はっきりいってわかりにくいです。

 

さて、少し真剣にこの2枚を比較してみると、うっすらとその制作意図が見えてくる。

まず、録音日は『Side by Side』(以下「S」)が 58年8/14と59年9/20の2日間、『Back to Back』(以下「B」)は59年9/20の1日分だけの録音から選ばれている。

つまり、59年9/20の演奏は両作品に使われているわけで、セッション的な内容だし、そりゃ似てるはずなのである。

ただ、編集意図は割とはっきりしていて、エリントン曲、またはエリントニアンが作曲した曲を中心に演奏しているのが「S」(マーサー・エリントンとホッジスの共作、「Ruin」なんて曲も収録されている)。逆に、エリントン/エリントニアン曲をやってないのが「B」だ。 迷ったら、まずはこれで判断すべし。あと、サブタイトルにあるように、「B」はブルース集だったりするので、それでも区別が付くだろう。

そして何より重要な点。58年の演奏でピアノを弾いているのはすべてストレイホーンだ。58年の録音には、「ホッジスの乱」でホッジスと一緒に一時的にオケを離れたローレンス・ブラウンも参加しているし、以前にエリントンとのトラブルでオケを脱退した(と言われている)ベン・ウェブスターも参加している。思うに、58年の録音は完全にエリントン抜きのホッジス名義(またはこの中のエリントニアンの誰か)の作品のために録音されたのではないか。その録音の存在を知ったエリントンが、58年録音の6曲に59年録音のエリントン参加の3曲を加えて「エリントン=ホッジス」名義の作品を作った、と。58年の演奏だけで1枚分の音楽にはならない、と判断したのが誰だかは分からないが、録音・編纂事実はそんなところだ。結果的に、演奏の労力に比べて一番得をしたのはエリントン、最もそんな役回りとなったのはストレイホーンか。実質1枚分の録音をしたのに、ピアニストとして人々の記憶に残るのはエリントンになってしまった。

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あと、この録音はホッジスの乱の後の話。56年ニューポートの成功もあって余裕ができたエリントンは、ホッジスのガス抜きの意味もあって一気にホッジス名義の2作品の発表を取り計らったのかもしれない。

いずれにしても、以上は憶測の域を出ない話である。 

 

 

以下は小川隆夫氏の解説/コメント。

デューク・エリントン・オーケストラからメンバーをピックアップして吹き込んだコンボ作品。エリントンと双頭リーダーを務めるのは、オーケストラで長年番頭役を務めてきたジョニー・ホッジス。彼の味わい深いアルト・プレイがとことん楽しめることでもこのアルバムは出色の内容を誇る。同趣向の『バック・トゥ・バック』(ヴァーヴ)も名盤の誉れが高い。

 

ルー・ドナルドソンはアルバムの本質について触れるには文字数が足りなかった。だからここで少し補足しておこう。この作品を聴いて語ってくれた言葉で印象に残っているのが、「ホッジスはエリントンがいるからこそ最高の魅力が発揮できたし、エリントンも同様だ。単独でアルバムを作ってもこれほど面白い内容にはならなかっただろう。ふたりは長いこと共演してきたから、互いの持ち味が引き出せるようになった。その好例を示しているのがこの作品だ」とのくだりである。

 

 

それにしても、なぜ小川隆夫氏はこんな紛らわしい作品を聴かせたのだろう?

ホッジスのブラインド・テストなら『ホッジ・ポッジ』でもよかったのでは?

もしかしたら、ホッジスは1926年生まれのルー爺の20歳年上なので、そのジェネレーションの違いの話を引き出そうとしたのだろうか。

ルー爺の補足のコメントをさらに補足しておくと、エリントニアンはエリントンオケにいるときが一番輝いている、ということをルー爺は言いたかったのではないだろうか。まあ、エリントニアンは長期勤務が多く、ハリー・カーネイやポール・ゴンザルヴェスなど、自分の音楽のキャリアとエリントンオケ在籍期間がほぼ同じ、なんて人がゴロゴロいるわけで、そういう人の全盛期がオケ在籍時というのは当たり前。面白いのは、退団・離団したミュージシャンでオケ在籍時以上の活躍をした人が見当たらないことだ。エリントンオケの知名度と個々の知名度を比べるのは酷かもしれないが、ソロ活動の演奏を聴いても、オケ在籍時の方がイキイキとしているように聴こえるのは不思議である。

団員の待遇面などでは問題があったような話もあるが、エリントンはミュージシャンの才能を発掘し、音楽的に使いこなす才能がある。それは事実なのである。