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Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

『A Drum Is A Woman』の村上玲評。

『A Drum Is A Woman』はなんといってもタイトルとジャケットが秀逸。

 

A Drum Is a Woman

A Drum Is a Woman

 

 

この作品のディスク評を先日偶然見つけたので引いておこう。

掲載誌は『JAZZ JAPAN』2013年1月号。表紙につられて手を取りました。

 

JAZZ JAPAN Vol.29

JAZZ JAPAN Vol.29

 

 

 

Bad Boy of Music

1956年に数度のセッションでレコーディングされ、翌年にはテレビ放映もされた『ア・ドラム・イズ・ア・ウーマン』はデュークのアルバムの中でもある種問題作の部類であったと思われる。キューバ出身のパーカッショニストであるキャンディドを擁したミドル・サイズのビッグバンド・アンサンブルと御大のナレーション、複数のヴォーカリストが織り成す第三世界の旅行記録は当然のごとくトーキング・ドラムやポリリズムに満ちたエスニックでプリミティブなものだが肉体性はない。シュルレアリストが提唱した原始主義の影響下にあり、パブロ・ピカソの配列がある。さらにはアラン・ロブ=グリエの気分が悪くなるようなアンチ・ロマンとアラン・レネの空虚な伽藍を容易に想起させる家具の音楽の逆もどきでもあった。美術館であったかもしれないし、芸術サロンであったかもしれない。部屋から部屋へと移動する手段にはストップモーションの連続が採用され、迷宮かと見紛うが奥行はない。その人々はポオル・ベルレエヌの荒れ果てた公園を通り過ぎる幽霊たちほどにも日常感は欠如しており、よりプラスティックに近いのであった。フランス・モダンと後のクリフォード・ソーントンらのスピリチュアル・ジャズ・ムーヴメントが合成された大変に奇妙な世界ではあるが生命感はない。その反映はジョージ・ラッセルの『オテロ組曲』からジョン・グリーブスたちによる『キュー・ローン』、ジョン・ゾーンの『スパイVSスパイ』まで数多散見されるが、むしろニュー・ウェイヴ、となればブライアン・イーノがプロデュースしたトーキング・ヘッズの先をいっていたと言えよう。デュークはアンリ・ルソーがお気に入りだったのではないだろうか。まさにアヴァンギャルドの父の面目躍如たるものがあったのだ。そのコーラスワークの近代性、多少の出し惜しみ感はあるものの御大のピアノの幾何学が崩壊したなんたる素晴らしさよ。アヴァンギャルドである。ちなみに幾つかの歌曲は後にスコット・ウォーカーがウテ・レンパーに提供した楽曲と酷似していることも言い添えておかねばなるまい。

 

 ジョン・チカイが69年の月面着陸の日にリリースした『アフロディジアカ』はよりエレクトロニックで、オーネット・コールマンの『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』と双璧のトランシシキカルな内容に北欧の家具やグラスなどのデザイン性と色彩がプリズムのように光線を取り込んだ。ロバート・ワイアットの最初のソロ・レコードや、まだバンドから離れていなかったシド・バレットと併走する時代のブームがあった。フリーキーなテクスチャーのなかにもも(原文ママ)きちんとエリントニリスムが聞き取れる。デュークよりもよほど伝統的であり、ニューオリンズであり、カーニヴァルや庶民や土着がある。


 そして2012年最高のクリスマスプレゼントの如くリリースされたスコット・ウォーカーの『ビシュ・ボシュ』は21世紀のスキャンダルである。身震いがした。ボッブでゴージャス。いかにデュークがモダンか。いかにスコットがレトロか。どちらもブリリアントだ。そしてもはやレトロはアヴァンギャルドなのである。(「村上玲のテーマ」)

 

白状します。

はじめてこの文章を読んだとき、書いてある内容がまったくわからなかった。で、これはまずい、管理人も歳をとったせいか、いよいよ頭が働かなくなってきたのかと焦って真剣に読み返してみるもやっぱり意味がわからない。そうか、これは管理人がものを知らず、ここに溢れかえっている固有名詞が意味するものをはっきりと管理人が理解できていないせいかと思い、それぞれの固有名詞がそこで使われている意味を再確認した。そうして得た結論。

――なんだ、これはディスク評ではなく、「音楽鑑賞日記」なのだ。そう考えて納得。それなら、ほとんど音楽の内容に触れてなくてもいいわけだ。というわけで、音楽的なことに関して、これ以上この日記には触れるべき/期待すべきではないかと。他人の日記を覗き見することほど悪趣味なことはないと思うから。あ、でも、『ア・ドラム・イズ・ア・ウーマン』と並んで挙げられている2枚のアルバムと出会えたことはよかったです。おそらく、この日記を読まなければ、この先出会わなかった音楽だと思うから。皮肉でなく、勉強になりました。

 

Afrodisiaca

Afrodisiaca

 

 

Bish Bosch

Bish Bosch

 

 

あと、「エリントニリスム」という言葉はおかしいのではないか。「Ellingtonism」のことかと思うので、「エリントニスム」または「エリントニズム」が適当だろう。ただ、管理人としてはニーチェの「ディオニュソス的なもの(das Dionysisch)」「アポロン的なもの(das Apollinisch)」「ソクラテス的なもの(das Sokratisch)」という概念にならって、「エリントン的なもの」という言い方をオススメしたい。そうすると「Ellingtonisch」ということになるが、「エリントン的なもの」についてはエリントン自身がすでに「dukish」と言っているのだった。

 

それから、『A Drum Is A Woman』でポリリズムは強調されている、ということはないでしょう。強いていうならば #2の「Rhythm Pum Te Dum」のリズムが複合的だといえるだろうけど、アルバムに関して「トーキング・ドラムやポリリズムに満ちた」とまで言えるかどうか。

 

この作品について、考えを深める機会となった。