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Kinda Dukish (かいんだ・でゅ~きっしゅ)

「デューク・エリントンの世界」別館。エリントンに関することしか書いてません。

「Early Ellington」の「Early」っていつのこと?

ずっと前、友人たちと酒を飲んでいたときのこと。

酒も効いてきて「アーリー・エリントンを聴き直してやっとその素晴らしさに開眼して云々(「でんでん」ではない)」ということを管理人は語り始めたのだが、どうも話がうまく伝わらない。というか、正確に言えば話が噛み合わない。これは皆が「アーリー・エリントン」という音楽を自由に考えていたためで、これを機に、「アーリー・エリントン」とはいつのことを言うのか考えてみよう、ということになった。以下はそのときの大体の記録。

 

「アーリー・エリントンって、ブランズウィックの録音のことでしょ? あの3枚組のやつ。お世辞にも録音はいいとはいえないけど、確かに無性に聴きたくなるときあるよね。この時期のフレッド・ガイも実にいい」

 

Early Ellington: The Complete Brunswick And Vocalion Recordings 1926-1931

Early Ellington: The Complete Brunswick And Vocalion Recordings 1926-1931

 

 

 

「<アーリー・エリントン>って、時期を指すんじゃないかな。Brunswickに吹き込んだ、あの録音「だけ」を言うんじゃないと思うけど。この録音の26-31年っていうのはあくまでブランズウィックとの契約上の問題だと思うから、同じ時期のRCAとの27-34年も合わせて考えるべきじゃないの。だからこれも合わせて、アーリー・エリントンとは、26-34年の音楽かなあ、ぼくには」

 

デューク・エリントン第一集 ■ ホット・サイド 1927~1934 Duke Ellington Vol.1 The Hot Side 1927~1934

デューク・エリントン第一集 ■ ホット・サイド 1927~1934 Duke Ellington Vol.1 The Hot Side 1927~1934

 

 

「アーリー・エリントンとは時期のことを指す、というのには同感。でも、ちょっとレーベルとの契約にこだわり過ぎてるんじゃないの。「Early」って「初期」のことでしょ? つまり、エリントンの音楽のどこからどこまでを「初期」と考えるか、ということだと思うけど。そう考えると、始まりは1番古い録音の24年から、だよね」

 

1924-27

1924-27

 

 

The Bubber Miley Era 1924

The Bubber Miley Era 1924

 

 

「つまりは「ワシントニアンズ」時代も入れるべきじゃないかな」

 

Rare & Early Duke Ellington Sessions 1924-28

Rare & Early Duke Ellington Sessions 1924-28

 

「で、問題はいつまでか、ということだけど、「ブラントン・ウェブスター・バンド」はすでに「初期」とは言えないような。これは一つの代表的な時代区分として区切るべき黄金期だよ。だから、ジミー・ブラントンベン・ウェブスター、そしてストレイホーン加入前の39年あたりまでの音楽が「初期」という意味での 「Early」にふさわしいんじゃないかな。ちょうどこのあたりは日本で言う「戦前」とも同じくらいの年代になるし、感覚的にもしっくりくる」

The Blanton-Webster Band

The Blanton-Webster Band

 

 

 

「なるほど、エリントンの音楽を初期・中期・後期と分けることの重要性は認めよう。でも、ふつうに、一般的に「アーリー・エリントン」って言った場合、「あの」エリントンが本格的な活動を開始する前の音源、みたいな意味で使われてないかな。つまり、黎明期・萌芽期というニュアンスの最初期として。他のミュージシャンだったら、「アーリー・イヤーズ」なんていい方をすると思うんだけど、エリントンの場合、この初期からして既に全盛期なんで話がややこしい。それでもやっぱり最初期というものはあるわけで、ワシントニアンズとか、そのあたりのことを言うんじゃないかな」

The Early Years

The Early Years

 

 

 

「…さっきから黙って聴いてたけど、細かいのよ、あんた達! 細かすぎる! 時代区分がどうとか、ふつうそんなこと考えて音楽聴かないわよ。まあ、「アーリー・エリントン」っていったら、録音が悪い状態のものね。CDなのにレコードノイズが聞こえてくるような。だから、なんだっけ、LPになって1枚目のアルバム。『Masterpieces By Ellington』? あれより前のものは全部「アーリー」よ。リリースも51年。ちょうどいいじゃない。あ、だったらいっそのこと、「初期・中期・後期」じゃなくて、「前期・後期」に分けちゃったら? そっちのほうがわかりやすいよ。時代区分に悩んでるふりしてホントは喜んでるんでしょ、あんたらヲタクたちは」

 

Masterpieces By Ellington

Masterpieces By Ellington

 

 

…と、議論は白熱したのだが、結局結論は出なかった。

最後にみんなでブランズウィック盤を聴いて、やっぱりいいね~と共感して解散。

ありがちなオチです。

 

最近はこのときの会話をよく思い出す。

 

「Early」というからにはもちろんその後もあるわけで、全体の発展の変遷を考慮しなければ「初期」の位置づけ・区切りなどできるはずがない。存命の芸術家について評価を下すのが難しいのはこのためだ。

 

管理人が生まれたときには既にエリントンは亡くなっていたし、興味を持ったのは60年代のエリントンだったので、どうしても遡ってその音源を聴くことになる。エリントンのキャリアは24年から74年の50年間。何も考えずに聴いていると整理できずに混乱してしまうわけで、実際、自分の中でどのように時代を区切って聴いていけばいいのか、よくわからなかった。

 

今、こんなブログ(とツイッターとHP)を書きながら、改めてこの問題を考えているのだが、どれもそれなりに理屈は通っているなあ、と思う。他にも、3期でなくだいたい10年毎の5期に区切れるなあ、とか考えたり、いやもっと細かくも区切れるけど、そうすると逆にわかりにくくなって全体像がつかみにくくなるなあ、とか考えたりもする。

現在の管理人の考えとしては、ブラントン・ウェブスター・バンドの前までを「初期」エリントン、そして、ブランズウィック録音を特に「アーリー・エリントン」と呼び、それ以前は「ベリー・アーリー・エリントン」とすればすっきりするかな、なんて考えてます。ちなみに、この「初期」の時代区分は柴田浩一氏が『デューク・エリントン』で「コットン・クラブ・エイジ」(1927~1938)としている区分とほぼ重なる。やはりこうするのが妥当ですよね。

 

デューク・エリントン

デューク・エリントン

 

 

ちなみに、最後に発言したのが、今の嫁。

というのは嘘で、まあ、実際には無かったんですけどね、こんな夜は。

「『パリコン』の再発」という事件。

そういえば、『JAZZ LIFE』のディスク・レビューで、『パリコン』が取り上げられたことがあるのを思い出した。『JAZZ LIFE』のレヴューは、その冒頭の1ページ目に注目の2枚を取り上げ、その次のページからは1ページあたり4枚の紹介になるのだが、『パリコン』が取り上げられたのはその冒頭のページ!

冒頭に再発作品を選ぶなんて英断だと思う。

 

jazz Life (ジャズライフ) 2014年 04月号 [雑誌]

jazz Life (ジャズライフ) 2014年 04月号 [雑誌]

 

  

グレート・パリ・コンサート VOL.1

グレート・パリ・コンサート VOL.1

 

 

 

エリントン楽団の最高傑作と謳われるライヴ盤が再発

The Great Paris Concert, 1963

 デューク・エリントン楽団が残した数多くのアルバムの中でも最高傑作として世界中で愛聴され、日本では”パリコン”。の愛称でも知られるライヴ・アルバムが国内盤で再発された。これまで2枚組だったものが別ディスクになり、定価も抑えられたとあって、本作を聴いたことのないリスナーにも食指の動くものとなったはず。Vol.2 の④~⑬がオリジナルのアナログには未収録となっていたとのことだが、海外盤などではすでにボーナス・トラックにしては過ぎる名演として語られていたものだから、Vol. 2だけでも聴く価値は充分にある。Vol. 1冒頭の軽快なトリオ・ワークからエリントン・スウィングの定番②への流れ、ジョニー・ホッジスをフィーチャーした③~⑤の安定感、全編に通底するゆったりとしたアフター・ビート、キャット・アンダーソンのハイ・トーン、ローレンス・ブラウンの歌心溢れるソロ、クーティ・ウィリアムズのプランジャーなどなど聴きどころを挙げればキリがない。しかし、考えれば当時のメンバーはほとんど齢60の大台を超えていたはず。にもかかわらずパワーは漲り、むしろ全盛と言って差し支えない演奏が繰り広げられていることに驚かされる。本作が録音された1963年といえばビートルズが人気を獲得し始め、翌年には東京オリンピックが開催されるなど世界が次の時代へ進むエネルギーを孕んでいた頃のこと。その時代のワクワクするような空気感を、このアルバムも内包している。時代の過渡期にあってエキゾティック、スウィング、ゴージャスを行き来しながら決して品位を損なうことのなかったエリントン・サウンドの真髄を、本作は余すところなく収録している。 <御子柴亮輔>

 

「安全運転」な評。ここに書かれていることはどれも間違っていない。音楽的な説明はもちろんのこと、この作品の歴史的な価値や発表経緯、当時の文化背景的などにすべて言及しており、その意味では情報量の多い文章だが、この文章を読んで積極的にこの作品を聴きたくなるか、というと疑問。しかし、中立な立場からこの作品を紹介してくれた、という意味では評価すべきかも。なにしろ、Ellington loverには名盤として常識だが、一般的にはまだまだ知名度が低い作品だったと思うから。

しかし細かい点をつつくようだが、「当時のメンバーはほとんど齢60の大台を超えていたはず」というのはおかしい。60歳を越えていたのはエリントンだけだ(63歳)。年齢順に並べるなら、これにホッジス、ローレンス・ブラウンが続く(当時56歳、55歳)。これは小さいこだわりに聞こえるかもしれないが、この年齢の隔たりは意外に重要なことであると管理人は考えている。というのも「55年体制」のこの時期、エリントンは強権的なバンドリーダーとしての立場を確立したわけだが、その確立にはこの年齢の隔たりが無視できない要素だったと考えられるからである。そして55年体制の魅力とは、体制側と反乱分子とのせめぎあいにある、ともいえるのだ。

自分より年上のソニー・グリーアやフレッド・ガイ、同年代のファン・ティゾールとオットー・ハードウィックもいなくなり、もはやエリントンには気を遣う必要のある人間はいない。「ホッジスの乱」とその後のめまぐるしいメンバーチェンジを経て自分に必要なサウンドを理解し、サム・ウッドヤードやクラーク・テリー、ポール・ゴンザルヴェスといった自分の思い描くサウンドを実現できるメンバーを揃え、彼らを自由に使いこなしたエリントンが、猛獣使いさながら56年のニューポートを皮切りに快進撃を続けたのはある意味当然のことだったといえる。

さらにこの55年体制の快進撃の理由の一つとして、ハリー・カーネイ、ストレイホーンを中心とする「体制側」(ゴンザルヴェス、レイ・ナンス、サム・ウッドヤードも多分こちら側)と、ホッジスの乱の渦中の人物であるホッジス、ローレンス・ブラウンといった「反乱分子」との間にあった緊張も挙げられるだろう。体制側は反乱分子を牽制しつつ、ソロ作を援助したりフィーチャー曲を増やすことで懐柔を図る。オーケストラに存在したこの緊張のせいで、オケはマンネリに堕することなく、サウンドは絶えずバージョンアップの見直しが図られた。このバージョンアップはストレイホーンとともに(またはストレイホーン単独で)行われたが、体制中枢のストレイホーンが反乱分子であるホッジスと通じていたりするわけで、エリントンはこの体制の維持にどれだけ神経を使ったことだろうか。

閑話休題

 

紹介されたのは「Vol.1」だが、もちろん「Vol.2」も再発された。 

グレート・パリ・コンサート VOL.2

グレート・パリ・コンサート VOL.2

 

 

さて、現在2017年の時点で見てみると、この作品はずいぶん一般的に知られるようになったみたいだ。amazonを覗いてみると、なんと「¥13,908~」なんて法外な値段が付けられている。メーカーに在庫がないせいだろう。

こんな状況では2枚組の海外盤を買うしか選択肢はない。こっちは「¥1,296~」アホらしい。これじゃ国内盤が再発されても意味がないんじゃないかな。

 

Great Paris Concert

Great Paris Concert

 

このCD、増産(といえばいいのかだろうか。増刷? 重版?)すれば規模は小さいかもしれないけど、確実に売れるCDだと思う。それこそ1,000円台だったら、エリントンに興味を持った人々が喜んで買うだろう。 

「CDが売れなくなった」とよく耳にするけど、こういう「売れるCDを売れるようにする」努力も大事なのでは。

 

 

最後に、『JAZZ LIFE』のこの号のディスク・レビュー、もう一つは マイルスのブートレグ・シリーズのvol. 3、『アット・ザ・フィルモア』だった。

 

ブートレグ・シリーズ Vol.3

ブートレグ・シリーズ Vol.3

 

 

そういえばこのシリーズのvol.4は「New Port」編で、その1955年の1曲目(冒頭でなく、1トラック丸ごと)はエリントンによるマイルス紹介のアナウンス。以前に、マイルスがエリントンオケに入団したらエリントンが「トランペット、マ~イルズ・デイヴィス」とニヤけた顔で紹介するだろう、なんて妄想を書いたことがあるけど、それが半分現実になってしまっている。

 

 

Miscellaneous Davis 1955-1957

Miscellaneous Davis 1955-1957

 

 

『パリコン』もこのブートレグも、レビューの冒頭で紹介するに値するいい音楽だと思う。それに全く異論はないけど、この『JAZZ LIFE』が4月号だったことを考えると、「春だし、ジャズでも聴き始めてみるか~」なんて人がこの号を手にとったとき、「やっぱりジャズって昔の音楽なんだ…」なんて思ってしまったんじゃないか、といらぬ心配をしたりもした。

 

 

 

美輪明宏、デューク・エリントンを語る。

こんなものを見つけてしまった。

美輪明宏とエリントン・・・別に大したこと言ってないんだけど、この組み合わせが面白かったので引いておく。

 

「ニワトリではなく、魚が産卵するように曲を作る」という言い回しは面白いかも。

 

ただ、美輪さん! 「A列車」はエリントンじゃなくてストレイホーンの曲!

「サテン・ドール」もエリントンの単独作ではなく、ストレイホーンとの共作ですよ!

 

TBSラジオ『薔薇色の日曜日』2014年11月30日放送分より

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今日紹介するアーティストは、デューク・エリントンでございます。ただしこの「デューク」というのはニックネームなんですね。デュークというのは、貴族の位で言いますと、一番上の公爵という意味なんですね。

やっぱり立派な人柄で優しくて、暖かい。指揮をする姿とか、ピアノを弾く姿、これがとってもエレガントで優雅だったんですね。ですからデュークにふさわしいということで、デューク・エリントンという名前がついたんですね。

ビックバンドと申しますのはだいたい9人から20人ほどまでですね。終戦後、16人編成って言うのが日本でもずいぶん流行りまして、戦前もジャズバンドって言うのはあったんですけど、日本では20人以上の大きいバンドっていうのはございませんでしたね。

1930年代から40年代、つまり音楽から映画から、ファッション、それから絵画、美術。すばらしい天才たちがいっぱい出てきた黄金の時代なんですね。戦争も始まりましたけど、その戦争前ですね。戦争中も廃れたと言いましてもその残滓が残ってたんですね。

ビッグバンドはダンス音楽としてアメリカで大流行したんですね。というのは、ナイトクラブ、それからダンスホール、これが全盛期の頃だったんですね。日本も戦前にそのジャズバンドは出来ましたんですけど、日本のは小さかったんです。

このデューク・エリントンは1899年に生まれたんですね。19世紀の後半でございます。1974年に75歳でなくなってるんです。アメリカ出身のジャズピアニストで、作曲家でもありまして、なんとこの人は生涯で3000曲以上も作曲してるんですよ、3000曲!

暇さえあればとにかくパカパカと曲を作っていったんですね。まるでこの人の曲のつくり方って言うのは、一個一個ニワトリが卵を産むんじゃなくて、魚の産卵の時の卵みたいなもんですね。

曲として一番有名なのは『A列車で行こう』、『スイングしなけりゃ意味ない』っていう歌とか『サテン・ドール』とか、これも有名ですね。

もう亡くなってから40年以上たつんですけど彼のバンドは今も人気で、バンドは生き残っているんですよ。音楽ってすごい力を持ってますね。大編成だけどやかましくないという先ほどから言ってますね。賑やかで優雅で楽しいこうでなきゃダメですよね。

 

【引用元】

 

ジミー・スコットによる「ムード・インディゴ」。

ジミー・スコットが「ムード・インディゴ」をカバーしていた。

コンボとギター1本のアレンジの2テイクを収録。

スコットは先天性のホルモン異常に起因するカルマン症候群のために男性にしてアルトの音域。しかしその独特のサウンドがエリントン曲に合う。

 

Mood Indigo

Mood Indigo

 

 

jimmy scott(vo), hank crawford(as), gregoire maret(harm)
cyrus chestnut(p), george mraz(b), grady tate(ds), joe beck(g), etc
2000, MILESTONE

1 Smile
2 Mood Indigo
3 Imagination
4 Without A Song
5 There Will Never Be Another You
6 How Deep Is The Ocean ?
7 Time After Time
8 Blue Skies
9 Day By Day
10 Mood Indigo
11 When Did ou Leave Heaven ?

 

管理人がジミー・スコットを知ったのは『ツイン・ピークス』だけど、今から考えるとあの時期はジミー・スコットの全盛期だったことがわかる。この作品は2000年の録音なのでその人気も落ち着いた頃だと思うけど、確かに素晴らしい内容。聞き流すことができないというか、手が止まってしまう音楽だ。

ルー爺は言った。「これ、『SIDE BY SIDE』? それとも『BACK TO BACK』?」

前回に続き、ミュージシャンのインタビューを。

小川隆夫氏のこのインタビュー集、実に面白いです。

 

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

 

 

今回の1枚はこれ。

オーケストラではなく、エリントンとホッジスのコンボ作品。 

ルー・ドナルドソンはどう聴いたのか。

サイド・バイ・サイド

サイド・バイ・サイド

 

 

ルー・ドナルドソン(1926-, as)

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 なんといったっけ、このアルバムのタイトル? 『バック・トゥ・バック』(ヴァーヴ)か『サイド・バイ・サイド』のどちらかだ。デュークとホッジスの写真が使われているジャケットだと思うが、わからなくなってしまった。同じような内容だし、どちらかに間違いはない。

 わたしはチャーリー・パーカーからの影響を受けているといわれる。ところが彼の演奏は聴いたことがなかった。あんまりいろいろなひとにいわれるものだから、試しに聴いてみたら、たしかに似ていた。理由は、どちらもホッジスの影響を受けていたからだ。(98年)

 

「『SIDE BY SIDE』『BACK TO BACK』、どっちがどっちだっけ?」

ルー爺、よくぞ言ってくれた! みんなそう思ってるよ。

 

あまりに似ているこの2枚、どっちから買えばいいか迷って困っている人、

または、ルー爺のように突然この2枚の内どちらかを聞かされて、「どちらか当てろ」

と尋問されるのが心配な人は、これを持っていれば大丈夫。

Side by Side / Back to Back (Bonus Track Version)

Side by Side / Back to Back (Bonus Track Version)

 

 

この2枚組を編んだ人も、絶対に尋問されるのが心配だったに違いない。 

「似てるんなら、まとめちゃえばいいじゃん!」…イージーな発想だが、これで問題解決。

 この発想をさらに一歩進めると、こんな編集盤もできてしまう。しかしこれはやりすぎだろう。まとめすぎて、コンセプトがよくわからないぞ。

Plus-Back to Back / Side By Side / Duke Meets by Duke Ellington (2013-05-03)

Plus-Back to Back / Side By Side / Duke Meets by Duke Ellington (2013-05-03)

 

※ Bouns Trackは、

 『Side by Side』の「+6」は『Not So Dukish』('58, 9/10) から、

 『Back to Back』の「+9」は『Blues in Orbit』('58, 2/4, 12)から選ばれている。

  この選曲、はっきりいってわかりにくいです。

 

さて、少し真剣にこの2枚を比較してみると、うっすらとその制作意図が見えてくる。

まず、録音日は『Side by Side』(以下「S」)が 58年8/14と59年9/20の2日間、『Back to Back』(以下「B」)は59年9/20の1日分だけの録音から選ばれている。

つまり、59年9/20の演奏は両作品に使われているわけで、セッション的な内容だし、そりゃ似てるはずなのである。

ただ、編集意図は割とはっきりしていて、エリントン曲、またはエリントニアンが作曲した曲を中心に演奏しているのが「S」(マーサー・エリントンとホッジスの共作、「Ruin」なんて曲も収録されている)。逆に、エリントン/エリントニアン曲をやってないのが「B」だ。 迷ったら、まずはこれで判断すべし。あと、サブタイトルにあるように、「B」はブルース集だったりするので、それでも区別が付くだろう。

そして何より重要な点。58年の演奏でピアノを弾いているのはすべてストレイホーンだ。58年の録音には、「ホッジスの乱」でホッジスと一緒に一時的にオケを離れたローレンス・ブラウンも参加しているし、以前にエリントンとのトラブルでオケを脱退した(と言われている)ベン・ウェブスターも参加している。思うに、58年の録音は完全にエリントン抜きのホッジス名義(またはこの中のエリントニアンの誰か)の作品のために録音されたのではないか。その録音の存在を知ったエリントンが、58年録音の6曲に59年録音のエリントン参加の3曲を加えて「エリントン=ホッジス」名義の作品を作った、と。58年の演奏だけで1枚分の音楽にはならない、と判断したのが誰だかは分からないが、録音・編纂事実はそんなところだ。結果的に、演奏の労力に比べて一番得をしたのはエリントン、最もそんな役回りとなったのはストレイホーンか。実質1枚分の録音をしたのに、ピアニストとして人々の記憶に残るのはエリントンになってしまった。

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あと、この録音はホッジスの乱の後の話。56年ニューポートの成功もあって余裕ができたエリントンは、ホッジスのガス抜きの意味もあって一気にホッジス名義の2作品の発表を取り計らったのかもしれない。

いずれにしても、以上は憶測の域を出ない話である。 

 

 

以下は小川隆夫氏の解説/コメント。

デューク・エリントン・オーケストラからメンバーをピックアップして吹き込んだコンボ作品。エリントンと双頭リーダーを務めるのは、オーケストラで長年番頭役を務めてきたジョニー・ホッジス。彼の味わい深いアルト・プレイがとことん楽しめることでもこのアルバムは出色の内容を誇る。同趣向の『バック・トゥ・バック』(ヴァーヴ)も名盤の誉れが高い。

 

ルー・ドナルドソンはアルバムの本質について触れるには文字数が足りなかった。だからここで少し補足しておこう。この作品を聴いて語ってくれた言葉で印象に残っているのが、「ホッジスはエリントンがいるからこそ最高の魅力が発揮できたし、エリントンも同様だ。単独でアルバムを作ってもこれほど面白い内容にはならなかっただろう。ふたりは長いこと共演してきたから、互いの持ち味が引き出せるようになった。その好例を示しているのがこの作品だ」とのくだりである。

 

 

それにしても、なぜ小川隆夫氏はこんな紛らわしい作品を聴かせたのだろう?

ホッジスのブラインド・テストなら『ホッジ・ポッジ』でもよかったのでは?

もしかしたら、ホッジスは1926年生まれのルー爺の20歳年上なので、そのジェネレーションの違いの話を引き出そうとしたのだろうか。

ルー爺の補足のコメントをさらに補足しておくと、エリントニアンはエリントンオケにいるときが一番輝いている、ということをルー爺は言いたかったのではないだろうか。まあ、エリントニアンは長期勤務が多く、ハリー・カーネイやポール・ゴンザルヴェスなど、自分の音楽のキャリアとエリントンオケ在籍期間がほぼ同じ、なんて人がゴロゴロいるわけで、そういう人の全盛期がオケ在籍時というのは当たり前。面白いのは、退団・離団したミュージシャンでオケ在籍時以上の活躍をした人が見当たらないことだ。エリントンオケの知名度と個々の知名度を比べるのは酷かもしれないが、ソロ活動の演奏を聴いても、オケ在籍時の方がイキイキとしているように聴こえるのは不思議である。

団員の待遇面などでは問題があったような話もあるが、エリントンはミュージシャンの才能を発掘し、音楽的に使いこなす才能がある。それは事実なのである。

 

菊地雅章、『Money Jungle』を語る。

自分が影響を受けたピアニストとして菊地雅章がよく名前を挙げるのがモンクとエリントン。その菊地雅章がエリントンの『マネー・ジャングル』について語ったものを見つけたので引いておく。引用元は小川隆夫の例のシリーズ。我ながらワンパターンです。

マネー・ジャングル

マネー・ジャングル

 

 

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

ジャズマンがコッソリ愛するJAZZ隠れ名盤100

 

 

菊地雅章(P)

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 ポール・ブレイ? いや、デュークか。エリントンもギル(エヴァンス)やオレに似てるんだねえ。オレ、デュークが一番好きなピアニストだからね。このひとみたいにピアノを弾くのは大変なんだよ。あんまり自分のやりたいことがわかっているピアニストっていないからね。たいていのピアニストつて手癖でいっちゃうでしょ。このひとだって手癖はあるんだろうけれど、それを感じさせない。オレは逆立ちしたって、一生かかっても、こういう風には弾けないよ。

 (エリントンとの思い出ってありますか?)

 ないんだよね。オレ、あのひととは一回も会ったことがないし。生はよく聴いたけれどね。その昔、NHKに出たとき、オレも観にいったんだ。びっくりしたのは音の大きさが全然違うこと。オーケストラ全体が凄く大きな音で鳴っていた。デュークなんかガンガン弾きまくるし、イメージとはまったく違ってた。
 デュークの作品は革新的とは思わないけれど、やっていたことはユニークだよね。オーケストラのヴォイシングにしたって、理屈じゃ割り切れないところがたくさんある。話は違うけれど、〈キャラヴァン〉って曲があるじゃない。あれをバンドに入ってきた新人に、どんなキーでもいいからやらせるんだって。そうすると、オーケストラがそれにピタッと合わせることができたって話だよ。だからギルが最後の五年くらい譜面にこだわらなくなっていたのは、エリントンに通ずる境地にあったのかもしれない。ある程度の譜面はあるけれど、どういう風にもいけるっていうかね。(95年)

 エリントンが菊地雅章の一番好きなピアニスト? 初耳だが、そう言うのだからそうなのだろう。このインタビューから4年後の99年には渋谷毅とこんな作品を録音している。

 

タンデム

タンデム

 

 

やはり Ellington lover である渋谷毅とのピアノ・デュオ。2人のスタイルの違いがうまく影響しあった佳作。渋谷毅の演奏からはエリントンの「美しさ」、菊地雅章の演奏からはエリントンの「前衛性」を聴くことができる。じっくり聴きたい1枚。

 

菊地雅章とギルのエピソードを1つだけ引いておく。

ギル没後の1年が過ぎた某日、ホテルのレストランで偶然マイルスと再会した。「12階のスィートに住んでるが寄らないか?」と誘われた。

「窓際にギルの大きな写真が置いてあるので懐かしい気持ちで見ていたら、マイルスが『Do you know he loved you?』っていうから、俺も『I did,too』って答えたんだけど、涙が出そうで困ったよ…。俺が14年間一緒に住んでいた女と別れて苦しんでいる時に、『心が痛む時、お金は多少なりともその痛みを和らげてくれるから』と言って、ギルが3500ドルのチェックを送ってくれたことがあるんだ。『SEE YOU SOON, LOVE, GIL』ってメモと一緒に。あれにはまいったね。たぶん自分も余分なお金を持ってるわけじゃないのに…あの人は、ある意味で人生の達人だったな」

 

最高だよ、ギル。

 

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【引用元】

ギルとのエピソードはこれ。

 

渋谷毅とエリントンについてはこっち。

エリントン、63年2月の奇跡。

63年2月、エリントンはヨーロッパで暴れまくっていた。

わずか1ヶ月の間にミラノ~ストックホルムを縦断してライブをしまくり、その間に実に5枚のアルバム作品を録音する。『Money Jungle』『Duke Ellington & John Coltrane』はこの半年前の62年9月の録音(この2作品もわずか10日間のあいだに録音されたものだ)。この時期のエリントンの創作意欲はすさまじい。

 

マネー・ジャングル

マネー・ジャングル

 

 

デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン

デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン

 

 

行程を具体的にみてみよう。

1月半ばにイギリスに渡ったエリントン一行は同月末にはパリに移り、
2月アタマからオリンピア劇場で怒涛のライブを行う(2/1, 2)
このときの演奏は『パリコン』に収録される。

グレート・パリ・コンサート VOL.1

グレート・パリ・コンサート VOL.1

 

その後一行は北に向かって演奏旅行。

この旅行中の8日、スウェーデンでアリス・バブスと出会い、その歌声に魅了されたエリントンは共演・録音の約束を取り付ける。ストックホルムハンブルク、ベルリン、チューリッヒ、ミラノと南下したところで、22日に『Jazz Violin Session』収録。

 

その後23日に再びパリに戻るとすぐにオランピア劇場で締めくくりのコンサート。

グレート・パリ・コンサート VOL.2

グレート・パリ・コンサート VOL.2

 

このヨーロッパを縦断したときの音源は残されていないのが残念。もっとも、『The Great Paris Concert』という2枚組の大作が残されているのだからそれで十分、ではあるのだが。

パリに戻って終わり、ではない。ここからはスタジオが創作の場となる。

 24日はアフリカ勢との録音。まず、ダラー・ブランド(アブドゥーラ・イブラヒム)の『Duke Ellington Presents The Dollar Brand Trio』をプロデュース。

Duke Ellington Presents

Duke Ellington Presents

 

 

同日、さらにボーカルにアフリカの歌姫、サティマ・ビー・ベンジャミン、ピアノにストレイホーンを加えて『A Morning in Paris』を録音。つまり、この日1日で2枚の作品を録音したことになる。

A Morning In Paris

A Morning In Paris

 

 

ア・モーニング・イン・パリ

ア・モーニング・イン・パリ

 

なお、この2作品の録音日は少したどりにくい。両作品のライナーノーツには「63年2月」としか記されていなかったり、「23日」とあったりするが、諸データから24日と思われる。なにしろ23日はオランピア劇場でコンサートをしており、なんといってもそのときの演奏が『パリコン』に収録されているじゃないか!

 

さて、話は少し脱線するが、このダラー・ブランドとサティマ・ビー・ベンジャミンは後の65年に結婚する。エリントンとの出会いが2人の結婚に何か影響があったのかはわからないが、2人にとっては忘れられないものだったのだろう。2人とも、それぞれエリントンへのトリビュートをつくりあげる。

 

ダラー・ブランドは『this is Dollar Brand』(65年)。ソロ・ピアノである。 邦盤では『エリントンに捧ぐ』なんてタイトルで発売されていたみたい。

エリントンに捧ぐ[ダラー・ブランド][LP盤]

エリントンに捧ぐ[ダラー・ブランド][LP盤]

 

 

今なら同内容のこちらの方が入手しやすいだろう。 

Reflections

Reflections

 

 

 サティマ・ビー・ベンジャミンはこれ、『Sathima Sings Ellington』(79年)。直球なタイトルがgood。

【廉価盤】SATHIMA sings ELLINGTON / サティマ・シングス・エリントン

【廉価盤】SATHIMA sings ELLINGTON / サティマ・シングス・エリントン

  • アーティスト: サティマ・ビー・ベンジャミン,Sathima Bea Benjamin
  • 出版社/メーカー: NATURE BLISS
  • 発売日: 2012/04/04
  • メディア: CD
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『A Morning in Paris』がスローな曲が多く、1枚の作品がやや単調だったのに対して、こちらは割りと自由な演奏だ。「Lush Life」は共演したストレイホーンへの目配せか。 

 

63年の話に戻る。

アフリカ勢との録音を終えたエリントンは、今度は28日にバブスと『Serenade to Sweden』の収録を行う。こちらは録音に倍の時間がかかったーーといっても2日間。翌日の3月1日に録音完了。

SERENADE TO SWEDEN

SERENADE TO SWEDEN

 

 

まさに「グレート」なヨーロッパツアー。

当時エリントン63歳、絶倫としかいいようがない。

仗助もビックリだ。

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あふれ出る創作意欲を抑えることができなかったのではないか。

もう、演奏できるのが楽しくて楽しくて仕方がなかったのだろうと思う。 

想像するにこんな感じか。

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さて、エリントンは他にも何度もヨーロッパツアーを行っている。

たとえば66年にも1月末から2月にかけて同様のツアーを行っているのだが……こちらはあまり楽しい旅ではなかった。63年の「奇跡」に比べると66年は「苦難」とでもいうべきか。この話はいずれまた。